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INTERVIEW

東京大学

脳神経外科

金 太一

研究を社会に還元するために事業化を推進

脳神経外科医でありながら、いち早く3DCGを自ら開発・導入し、手術検討の向上に貢献してきた金 太一先生。研究を主軸に置きながらも、社会に成果を還元するために、企業と連携しながら「事業化(ビジネス化)」を推進中。既存のIT技術などを応用し、医療分野ならではの3DCGやAIの開発に積極的に取り組んでいます。「事業化(ビジネス化)」を進める上での課題や、そこにかける想い、そして今後挑戦していきたいことついて伺いました。

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研究を主軸に、診療や事業化にも取り組む

―現在、どんなことに取り組んでいるのでしょうか?

東京大学医学部 脳神経外科医局に在籍し、「診療」「研究」「事業化」の3つに従事しています。ただこの3つの領域を同じようなクオリティ・ボリュームでやり続けるのは難しいと思っているので、「診療」については、臨床医として今は月1日ペースで手術を行い、「事業化」については企業と提携して、推し進めています。

私の主軸は、専ら手術検討に役立てるための3DCGや手術シミュレーションなどの開発研究。これまでに、いくつかのアプリやソフトを開発し、リリースしてきました。

1つはヒトの頭部の解剖学的構造を精巧に再現した3DCGモデルの開発。これまでは、医用画像から作成した3次元データで手術検討を行っていましたが、正確性や精密性に課題が残りました。

例えば、さまざまな神経線維が凝縮されている「延髄」の周辺をMRIで見るとモノクロ21万6000画素数なので、1mmの血管を表示するのが精一杯で、それよりも細い組織などは写すことができませんでした。しかし、この3DCGモデルなら医用画像に写らない、重要で複雑な線維や微小血管も精密に再現できるので、医師は正確に認識することが可能になりました。

開発にあたっては、脳外科医3名と、CGをつくるモデラー4名で1200時間を要しました。2019年1月に無償提供を始め、まだ8ヶ月にしか経っていませんが、もう既に120万ダウンロードを突破しました。

もう1つ無償で提供しているのが、2018年6月にリリースした「eMma(エマ)」というiOSアプリ。CTやMRI、PET、X線、超音波などで撮影された医用画像をiPhoneやiPadで閲覧することができます。これまでは有料アプリだったリ、別のソフトを購入しないと使えなかったりしたのですが、これはデータをドロップするだけで、いつでも簡単に見ることができます。

このアプリは当初医師が活用していましたが、最近は転院したり、検査でさまざまな病院を訪れたりする患者さんが増えているので、病院からデータをもらって、新しい病院で見せるために使っている患者さんも多いようです。

この他にも、神経線維まで見られる高精細な3DCGを用いた頭部の解剖の有償アプリ「3D解剖学アトラス『iRis(アイリス)』」や、執刀する医師が事前に手術をシミュレーションすることで手術の精度を高められる脳動脈瘤手術のVRシミュレータ「Clip Sim(クリップシム)」なども提供しています。(注;Clip Simは開発して論文には投稿しましたが、一般への提供は未定)

現在は、これまで患者さん一人ひとりに対して10時間ほどの制作時間がかかっていた3DCGの手術検討ソフトウェアをAIで自動化できるアプリを開発中。年内のリリースに向けて取り組んでいます。

このうち、「eMma(エマ)」と「3D解剖学アトラス『iRis(アイリス)』」については、株式会社Kompathと共同開発を行って「事業化」を進めています。

今後も企業との共同開発による「事業化」には取り組んでいかれるのでしょうか?

大学での研究費には、一部国民の税金を原資とする補助金や助成金などが使われており、やはり研究成果は広く社会に還元する必要があります。その1つの方法として、「事業化」は今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています。

ただ、「役に立つこと」と「売れること」は必ずしもイコールではないので、提携企業を見つけるのはとても大変です。「eMma(エマ)」と「3D解剖学アトラス『iRis(アイリス)』」は、たまたま知り合いに、医療で事業を興したいという人がいたので、一緒に立ち上げることができましたが、ひとりで「診療」や「研究」と両立しながら「事業化」に取り組むのはとても難しく、全てで一流になるのは不可能に近いと思います。

―「事業化」を進めるにあたって、どんなことが課題になりますか?

現在、AIを活用したビジネスを進めようとしていますが、AIの精度を上げるには、AIに学習させる「教師データ」という正解データが必要になります。私なら大学病院の患者さんの許諾をいただいた「医用画像」を集めることができますが、企業になるとなかなか手に入ることができないため、名だたる一流企業や、急成長中のベンチャー企業なども同じ課題を抱えています。

事実、私たちのような大学と共同研究という形をとらないとデータが使えません。そのような現状なので、私としては、そのような企業との産学連携で、ビジネスを共に推進していけるようなシステムを今年から中長期的に取り組んでいきたいと考えていて、来年ぐらいにオープンにできると思います。キーワードで言えば、「AI」「ICT」「クラウド」「ブロックチェーン」この4つがコアな技術になります。ブロックチェーンは仮想通貨から発生した技術ですが、この技術を持っているエンジニアがたくさんいて、彼らの活躍の場も広げていきたいと考えています。

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PROFILE

金 太一

東京大学

金 太一

北里大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院脳神経外科に入局。臨床で研鑽を積んだ後、コンピュータグラフィックスを用いた手術シミュレーションをテーマに研究を始める。現在までに、手術検討に役立てるための3DCGや手術シミュレーションなどのサービスを複数研究・開発している。

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