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再生医療〔4〕 iPS細胞と脂肪由来幹細胞、違う役割での活躍

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現在日本の再生医療の現場では、iPS細胞の実用化に大きな注目が集まっており、研究が進んでいます。水野博司先生が研究されている脂肪由来幹細胞を使った治療とどのような違いがあるのでしょうか。お話を伺いました。

iPS細胞と脂肪由来幹細胞は、どちらも幹細胞の一種です。そして人の細胞を取って再生医療に使用するという点で共通しているので、全く同じものと認識され、どちらがより優れているかと比較される傾向があります。しかし、使用できる段階までのプロセスが違います。そのため、それぞれに得意・不得意があるのです。

iPS細胞とは、人の体の組織から取り出した細胞に遺伝子を導入し培養することで、細胞を初期化したものです。細胞の初期化、つまり、人間の原点である受精卵(=胚性幹細胞)に近い状態に戻すのです。そうすることで、理論上どのような組織にもなり、無限に増殖できるため、万能細胞と呼ばれ期待されています。

万能といわれるiPS細胞ですが、現状では培養するのにとてもコストがかかります。また、遺伝子を投与して培養することで、細胞が腫瘍化してしまう可能性もあり、まだ課題があります。しかし、万能性を発揮できる場があります。それは病気の原因解明や創薬の現場です。

例えば、生まれた時には発症しないのに、ある時期になると発症する遺伝性疾患をもつ家系があるとします。その患者さんの、正常時の細胞からiPS細胞を作って一定期間培養していくと、どこかのタイミングで遺伝子に変化が見られます。その変化するポイントを見つけ、病気に関連していることが分かってくると、治療法や治療薬の開発につながります。

治療法が分かれば、次の代の人はある段階で治療すれば発症せずに済んだり、発症時期を遅らせることができたりするわけです。

また、創薬に関しても、今までは治験でしかわからなかった有効性や副作用が、シャーレの中で模擬的に検査できるようになると考えられています。これまで10年以上の時間と莫大な費用がかかっていたそ創薬のプロセスが、iPS細胞によって大きく変わる可能性があるのです。

一方、脂肪由来幹細胞は、皮下脂肪から取り出せる幹細胞です。この幹細胞は、脂肪や骨、軟骨、筋肉になることはできますが、iPS細胞のような万能性はなく、変化の幅が限定的です。そのため、先ほどのような創薬の現場での利用はできません。しかし、脂肪吸引という比較的安価かつ簡単な方法で大量に取り出すことができるのです。

培養をする場合、培養期間中に細菌が混ざってしまうことがあります。しかし、脂肪由来幹細胞の場合は、培養しなくても十分な量の幹細胞を一度に取り出せるのでそれを避けられます。また、遺伝子を加えることもなく、自分の体から取った細胞を違う形で戻すだけなので、腫瘍化の恐れも極めて最小限です。そのため、再生医療の現場での利用が広がりつつあります。

このように、iPS細胞と脂肪由来幹細胞は、それぞれ良いところも限界もあるので、「iPS細胞vs脂肪由来幹細胞」という対立関係にあるものではないのです。そのため、私は脂肪幹細胞がiPS細胞に包括されるとは思っていません。現在、脂肪由来幹細胞を使って治療できる疾患もあるので、それを引き続き行いつつ更なる発展をさせていきたいです。そして、iPS細胞もさらに研究が進んで、コスト面や安全性での課題を克服し、より使える幅が広がることを願っています。

(聞き手 / 北森 悦)

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医師プロフィール

水野 博司 形成外科

順天堂大学医学部形成外科学講座教授。
防衛医科大学卒。防衛医大病院、硫黄島医務官、横須賀海自医務室、呉司令部医務衛生幕僚、米国UCLA形成外科、自衛隊舞鶴病院に勤務の後に退官。日本医科大学形成外科を経て2010年より現職

水野 博司
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