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抗がん剤治療という選択~人生の目標を達成するために~

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抗がん剤治療に関しては、抵抗感がある方も少なくないのが現状です。医師たちはどう考えているのでしょうか。長年、多くの患者さんの乳がんを治療してきた順天堂大学乳腺外科の齊藤光江先生に、抗がん剤治療に対する考え方を伺いました。

抗がん剤治療というと、非常に抵抗感を示す患者さんがいらっしゃいます。しかし私はこのように思うのです。

乳がんの転移再発が見つかってからの生存年数を示した米国のデータがあります。1970年代ですと、再発した患者さんのうち、半数の方の生存年数は約1年半ほどでした。しかし2000年にもなると、半数の患者さんの生存年数は約5年と、大幅に伸び、時代とともに転移再発しても生きられるようになっています。転移再発するとがん細胞の根絶は非常に困難になりますが、抗がん剤をはじめとする薬物療療法の進歩で5年、10年と延命できるようになってきているのです。

ひとたび転移再発すると、がん細胞を根絶できない理由は、最初の火種(乳房内の原発巣)と違って、飛び火は植物の種のように多数があちこちにあって、最初の性格とは異なる変わり種も含まれており、全てのがん細胞を根絶するほどの治療薬の開発が中々難しいということと、毒性が強い薬をあらゆる細胞が死滅するほど投与すると、体自体も生存が困難になる危険をはらむからです。この体は生かさなければいけません。転移したがんは、もとはと言えば自分の乳管を作っていた細胞です。その細胞だけを殺して自分の体だけを生かすのは、至難の業なのです。また、がん細胞は攻撃を受けても耐性を獲得する賢さがあります。しかし、現在は転移再発しても10年後元気に仕事をしている人もいらっしゃいます。耐性になるたびに治療薬を変更しながら、副作用を軽減する工夫もして、がんと共存しながら自身の人生の目標を達成することが夢ではなくなってきているのです。

ただ、あまりにもがん細胞の数が多くなりすぎて、重要な臓器(骨髄や肺や肝臓)の機能を奪うほどになるとその臓器自体が薬(特に抗がん剤)を受け入れることができなくなってしまいます。この段階まで来ると、薬を投与することでかえって寿命を縮めてしまう危険がありますので、がんへの攻撃ではなく、残った臓器機能の維持と苦痛を緩和することに全力を注ぐことが望ましいのです。

しかしながら転移再発をしていても、そこまで行ってはいない状況においては、薬物療法を続ける意味が大いにあると思います。例えば1年半しか生きられなかったはずの人が、十数年間生きることができれば、子どもの成人を見守ることができたり、書籍を出版することができたり、定年まで働けたり、孫の顔を見ることができたりと、人生における個々の目標が果たせるわけです。このような人生を送るための手段として、抗がん剤を含む薬物療法が存在するのです。

さらには転移再発していない状況で、抗がん剤をはじめ薬物療法を使用する意義は、転移再発を抑制するということにあります。これは、先輩患者さんたちが大規模臨床試験に自身の身をていして証明してくれた貴重な結果が、有効性を裏付けています。ステージ0以外の多くの乳がんは、微小転移の可能性を秘めており、火種の治療(手術療法)だけでは治ったことにはならないのに対して、飛び火の治療(薬物療法)を行うことで、転移再発防止が叶っています。また、薬物療法の中でも細胞毒性の強い抗がん剤の使用を極力有効かつ必要性の高い乳がんに限定して使用する努力と工夫が続けられています。これによって、がんの性格診断に基づいた適正な使用が目指されているのです。

(聞き手 / 北森 悦)

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医師プロフィール

齊藤 光江 乳腺外科

順天堂大学乳腺内分泌外科教授。1984年千葉大学医学部卒業。卒後東京大学医学部付属病院分院外科に勤務。その後アメリカに留学し、1995年より癌研究会付属病院乳腺外科、2000年より癌研究会研究所遺伝子診断研究部研究員兼任、2002年より癌研究会新薬開発センター教育研修室副室長兼任する。また、2002年より東京大学大学院医学系研究科臓器病態外科学代謝栄養内分泌外科講師を務め、2006年より順天堂大学乳腺内分泌外科先任准教授、2012年より現職。

齊藤 光江
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