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女性医師の離職率を改善するために ―専門医や職種を超えた対策

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 2014年医師会の報告では、医師全体の約3割が女性ですが、女性医師の勤務率は、35歳では76%まで落ちています。その調査によると女性医師の離職原因の大半は出産と子育てであることが分かっています。特に産婦人科医は20・30代の医師のうち女性の割合が6割を超えているため、子育てと両立しながら継続的に就労できる環境を整備することが喫緊の課題です。
安心して出産でき、なおかつ医療従事者の一員として輝き続けることができるためにはどのような対策が考えられるか、女性のキャリア形成支援に取り組まれている産婦人科医の吉田穂波先生のお考えを伺いました。

 

―女性のキャリアパスにおいて、どのような点に課題を感じていますか。

 女性全体に言えることですが、子どもができると自分が職業人としてレベルダウンしてしまうと感じている方は多く、妊娠・出産を期に仕事をやめたり、逆にキャリアアップのために妊娠・出産を躊躇されたりする方がいます。

 女性医師の場合、出産後、仕事復帰をした際に時短勤務をする場合が多いのですが、臨床医の場合、1日に診療できる時間が3時間の人と、長時間の人とを比べると、どうしても長時間勤務できる人の方が評価されてしまいます。病院によっては長期的な評価をするところもありますが、検査数や手術数、外来患者さんを何人診たか、などというような量的な評価しかないところで時短勤務をしていると、「わたしは劣等生だ」というレッテルを自分で自分に貼りつけてしまいがちです。そうなると「どちらも中途半端で情けない……」と、育児と仕事を両方頑張ってやっていきたいという気持ちがくじけてしまいます。私も第1子が生まれて職場復帰したばかりの頃は、「家でも職場でも100%頑張っていて、仕事だけの人より2倍もたくさん働いているのに、どうして評価が低いのだろう」と常々考えていました。

 また、産婦人科では特に、臨床研修後に新しく入ってきてくれる医師が少なく、その中で女性医師の割合は大きくなっています。ですから、女性の産婦人科医が働き続けられるためにはどうしたらよいかということが、産婦人科全体の課題であり、皆で一緒に知恵を絞っているところです。産婦人科医全体を増やすということも一つの手ではありますが、せっかく増えたとしても「もっと楽に働けるところがいい」と、忙しい周産期医療現場から離れてしまうこともあります。そのため、産婦人科の臨床で育児や介護、闘病などあらゆる人生のステージに立つ医師が働ける環境を用意することが必要です。

―女性が子育てとキャリアアップを両立させるために、どのようなことができるでしょうか。

 いくら頑張っていても、育児や家庭マネジメントは一人ではできません。今の環境下でくじけてしまうことがある場合、他の切り口で評価されるようになれば今よりももっと輝けることができるかもしれませんので、色々な働き方があるという選択肢を少しでも多く知ってもらえたらいいなと思います。自分が働き方をコントロールできる、と思うことが出来れば、様々なハンディキャップを持つ医師でも自分の経験や能力を発揮させることができますよね。

 医師の場合は「行政」や「研究」、「教育」という分野で、医師としてのスキルを発揮することもできます。今の若い方々は、昔に比べると多様な価値観を持ち、理系と文系、両方のマインドを持つ方が多いと思いますので、人とのコミュニケーションや人材育成の能力を磨くことができる環境としては、行政職や研究職、教育職なども面白いのではないでしょうか。私のまわりには大学で社会学や栄養学、健康学を教えている女性医師もいますし、私自身も研究機関で母子保健の政策研究をしており、どのようにしたら地域の人が病気になりにくくなるか、みんなが必要なケアを受けられるにはどうしたらよいか、困っている子育て世代を助けるにはどのような連携が必要か、などのテーマを研究して対策を立てたりしています。医師という資格を持っていれば、さまざまなジャンルで活躍することも可能なのです。

―産婦人科のように臨床医不足が課題となっているところもありますが、臨床医として無理なく働き続けることができるためにはどのような対策が考えられるでしょうか。

 産婦人科で言うと、日本にはNPO法人周生期医療支援機構が運営しているALSO-Japan事業というものがあり、助産師・家庭医・救急医・看護師などが周産期救急に対し効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育をおこなっていて、私もそこでインストラクターを務めています。緊急の場合には産婦人科医でなくても職種を超えた連携プレーで安全な分娩をサポートできる条件が整えば、周産期医療危機に対する解決策のひとつとなるのではと思います。

 また、全国的に産婦人科医が不足している中で、産婦人科医が限りなく少ない地域がある一方、比較的充足している地域もあります。そこで近隣地域や都市部の病院、人員不足で大変な病院の間で医師を共有し、お互い行ったり来たりすることで助け合えるような仕組みをつくれたらいいのではないかと思います。また、私のように行政機関で勤務している医師は産婦人科の臨床で働くことができないのですが、そうも言っていられないのではないかと思っています。臨床現場を支えてくれている医師が人手不足で疲弊したり、ご自身の家庭を犠牲にしたりしなければいけないのであれば、行政機関や教育研究機関にいる医師が、週に1回数時間でもいいので臨床に携われるような仕組みができてもいいのではないでしょうか。

―女性のキャリア形成支援の活動をされている中で、先生が感じる思いをお聞かせください。

 まず読者の皆さんにお尋ねしたいことがあります。「何か大切なことを諦めた経験はありませんか。」「本当はやりたいことがあったのに、周りに気兼ねして言い出せなかった、ということはありませんか。」

 私は、正義感と使命感が強くて真面目な女性医師だからこそ、そして、こころと体について学んできた女性医師だからこそ、キャリアを築く際に迷ったり、もがいたり、慎重になってしまうことがあると感じています。これまで私は、子どもを育てながら働き続ける方法を模索して、産官学民の様々なキャリアをすべて経験してきましたが、苦い経験の中から得た大きな気付きがたくさんありました。

 そして今、妊娠・出産を含め、キャリア形成に躊躇されている方に対し、「子どもができるとこんなにいいことがありますよ」「健康状態もこれくらい良くなるんですよ」など、出産・育児についてポジティブに考えられる話を伝えて、どちらかを諦めなくてもいいようなアドバイスをしています。また、自分のこころと体の状態を知ってもらうために、ストレスを抱えてしまうとどんな症状が出るか、その対処法にはどんなものがあるかを伝えたり、助けを心地よく受け止めてもらうためのスキルについて学ぶワークショップなどを開催したりしています。

 日本人女性は「謙虚であるべき」ということを、小さい頃から知らず知らずのうちに求められてしまっていて、「私なんてまだまだです」と、つい言ってしまう方が多いようです。でも私は、女性というのはとても豊かな才能を持っていて、やる気があって頑張り屋さんで、優しさもある、そんな可能性にあふれた存在だと信じています。今後も女性たちが子育てをしながらいきいきと働けるような環境づくりをするのが私の役割だと思っていますし、自分の失敗から学んだことが誰かの役に立てば嬉しいです。

(聞き手 / 左舘 梨江)

 

○「受援力ノススメ」
http://honami-yoshida.jimdo.com/受援力-について
(「受援力」についてわかりやすくまとめられたリーフレットはこちらからダウンロードできます。)

参考:東洋経済オンライン「ママドクターがすすめる「受援力」は?」
http://toyokeizai.net/articles/-/59222

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医師プロフィール

吉田 穂波 産婦人科・公衆衛生

1998年三重大学医学部卒業。聖路加国際病院で臨床研修ののち、2004年名古屋大学医系大学院にて博士号を取得。その後、ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性の健康に特化した女性総合外来に携わった。2008年にハーバード公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生修士号を取得。同大学院のリサーチフェローとして、少子化対策に関する政策研究に取り組む。帰国後、東日本大震災では妊産婦や乳幼児のケアを支援する活動に従事。現在、国立保健医療科学院において、研究者の育成、災害時の母子保健システムに関する研究、国の政策提言等に貢献している。4女1男の母。著書に、『「時間がない」から、なんでもできる!』(サンマーク出版)、『安心マタニティダイアリー』(永岡書店)がある。

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