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老後の終末期をどこで過ごしたいか ―最期までその人らしく生きるということ

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 1950年代には8割を超える方が自宅で亡くなっていたのが1970年代には逆転し、現在自宅で亡くなる方は全体の約1割に過ぎません。厚生労働省の調査によると、今尚日本人の6割以上の方が「最期は自宅で過ごしたい」と回答しますが、特に終末期ケアにおいて在宅療養へ移行・継続するにあたり、「介護してくれる家族に負担がかかる」「24時間対応のところが近くにない」「急変時に不安」などといった課題があげられています。東京都板橋区で在宅医療を展開し、区内でも在宅看取りの患者数が最も多いやまと診療所の院長を務める安井佑先生に、在宅での看取りについての課題を伺いました。

―先生が終末期医療において、感じている課題は何ですか?

 本来治療するための一時的な場所であるはずの病院で、最期まで「死」に抵抗しながら亡くなっていく方が多いことが課題だと感じています。日本では終末期においても「死んではいけない」という概念に支配され、その姿勢で医療者は患者を治療し、患者本人や家族も頑張っています。「いつかは死ぬ」という全員に必ず起こることを受け入れられず、「死」に対して最期まで頑張って抵抗し続けるのは、皆が苦しい状況であるように見えるのです。

 私は初期研修後にミャンマーへ医療活動をしに行っていたのですが、その時ミャンマーの人々に生きることと死ぬことについての考え方を学ばせてもらいました。ミャンマーでの平均寿命は60歳前後のため、日本よりも若くして亡くなっていく方が多いです。当時私は20代前半でしたが、自分より若い方が亡くなっていく過程に立ち会うこともありました。若い方ほど、亡くなるのはどうしても悲しく感じます。しかし、ミャンマーの人々が生きる背景には「輪廻転生」があるため、「今回の生は20年くらいだったなあ」と、無理に意識するのではなく、彼らなりに自然と死を受け入れて最期を過ごされていました。そのような彼らの最期の姿をとても美しいと感じ、日本でも伝えていきたいと思いました。

―そのために先生はどのような取り組みをされていますか。

 私は患者さん一人ひとりが「その人らしい生き方で最期まで過ごせる」ように支えていきたいと思っています。そのために、患者さん本人やご家族に寄り添い、周囲の方々と対話していくことを診療所として大切にし、必ず訪れる「死」を迎えるにあたってその人がどう生きていきたいのか、汲み取っていくことを重点的に行っています。

 また、世間一般的に「それまで生活してきた自宅や施設などでそのまま過ごすことは難しい」「病院でないと死ねない」という感覚が強いため、過ごしたい場所を選択できない方が多くいらっしゃいます。そこでかつての日本のように「最期の時を自宅で迎えられるのは当たり前」という感覚を社会的に取り戻した方がいいと考え、在宅での看取りをサポートすることを重要視しています。

―終末期の場合、「家族に迷惑をかけるから」という理由で入院を希望される方も多いのではないですか。

 そのような場合、どの程度の迷惑なのかということについて本人や家族とよく話すようにしています。誰にも迷惑をかけずに生きていくというのは、本来できないことだと私は思います。実際にその人の人生を振り返ってみると、家族に迷惑をかけたり、逆に迷惑をかけられたりして生きてこられたのではないかと思うのです。

 当診療所で診ている末期がん患者さんの場合、家に帰ってこられてからお亡くなりになるまでの期間は平均すると約1カ月です。私たちは本人や家族と、その1カ月間の意味について問いかけを行っています。お迎えがそろそろ近いという状態の時に自宅で過ごすとなると、家族が今まで通りの生活を維持しつつ過ごすというのはなかなか難しいことです。しかし、自分の大切な人が亡くなろうとしています。その最期の時を家族が協力して共に過ごすことが、それまでの生活を維持して過ごすことに比べてどのような意味を持つのか、1ケース1ケースじっくり問いかけていくことが、家で看取るという状況につながっていくのだと思います。

 ただ、亡くなる間際になればもちろん患者さんの体調は悪くなりますし、まわりの家族も身近な人がすぐ側で亡くなるというのは初めての経験であることも多いので、当然不安や心配になります。そのような場合に本人の体調と、ご家族の心配になる部分を支えるために、わたしたち訪問診療スタッフがいるのです。

―問いかけをされていく中で、難しいと思われることはありますか。

 考え方の問題であるので、当然ですが正解がないということです。私自身としては、「自分の親が亡くなりそうという時なら、仕事なんて3ヶ月くらい休んだっていいでしょ。むしろその間にじっくり介護をした方が、この先のあなたの人生が絶対豊かになりますよ」と自信を持って言えます。しかし、実際に良い経験を得られるということを、私は保証することはできません。どんな考えをして、どんな方法を選択しようとも、最終的には亡くなっていく方と、そのまわりの方々の人生です。

 西洋医学の世界では、量的データを解析することで得られたエビデンスがあった上で、「この薬を使った方がよくなりますよ」というふうに患者さんに話していきます。そのため、医師の話は根拠があるものとして患者さんも受け取ってくれますが、考え方の問題は根拠があるというものではありません。医師の意見というものは相手に強い影響力を及ぼしてしまうこともあるので、そこは「最期は家で過ごすのがいい」という美談の押し付けとならないように医師として気をつけていかなければならないと思っています。

 患者さんたちに寄り添いながら会話をじっくり積み重ねていくことで、「やっぱり住み慣れた場所で亡くなりたい」というふうに、自然と終末期を在宅で過ごす選択をする人たちを増やしていきたいです。そして、患者さんが在宅で過ごす選択をした時に、必ずサポートできる体制をつくっていくことが、診療所としての使命であると思っています。

(聞き手 / 左舘 梨江)

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医師プロフィール

安井 佑 形成外科・在宅医療

医療社団法人 焔(ほむら)やまと診療所院長。2005年東京大学医学部卒業。千葉県旭中央病院で初期研修後、NPO法人ジャパンハートに所属し、1年半ミャンマーにて臨床医療に携わる。杏林大学病院、東京西徳洲会病院を経て、2013年東京都板橋区高島平にやまと診療所を開院し、在宅医療に取り組んでいる。

安井 佑
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