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高齢者の「薬問題」 ガイドラインの活用で解決を図る

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近頃、社会的にも話題となっている「残薬問題」における無駄な薬剤費は、年間500億円にも上るといわれています。財政面のみならず、高齢者の薬物療法はエビデンスが少ない領域であるため医療現場での対応が難しく、多くの過剰医療・過少医療を生み出しているという課題があります。
その課題解決を図る現場での指南書として、2015年12月に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」が刊行されました。ガイドライン作成グループの代表を務められた秋下雅弘先生は、プレスセミナーにて高齢者の薬物療法を取り巻く問題と、ガイドラインの目的について解説されました。

◆高齢者の薬物療法を取り巻く問題

1.薬物有害事象が出やすい

数ある問題の中で特に重要視されているのは、高齢者は若者に比べて薬物有害事象が出やすいことです。飲んだ薬が消化管から吸収される機能は年齢によってさほど変化しません。しかし、その後の代謝、分布、排泄といった内臓の機能は加齢によって低下します。そのため高齢者が若者と同じ用量で服用すると、副作用が出やすくなったり、効きすぎてしまったりする(降圧薬による血圧の下がりすぎや、糖尿病薬による低血糖など)ことがあります。

しかし、さまざまな疾病を抱え、身体機能が低下している高齢者を対象とした薬物療法についてのエビデンスは、日本ではとても乏しいため、高齢者に対しても元気な方と同様に処方されがちです。また、「ずっと同じものを服用し続けているから大丈夫」と安心することはできません。腎・肝機能などが加齢により低下することで、ある日、急に有害事象を生じることもあるのです。

そのため、得られている既存のエビデンスをもとに、臓器の働きを診たり、血中濃度を測ったりするなどして、薬の量や服用回数を調整していくことが大切だと私たちは考えています。高齢者は慢性疾患をかかえる方が多いので、服用開始時は一般成人の3分の1から2分の1程度でゆっくり始めていくことを推奨しています。

2.多剤服用 ―6種類以上の服薬には注意が必要

もう一つ、多病による多剤服用の問題も重要視されています。現状では、1つの疾患につき1.3種類の薬が年齢に関係なく処方されているというデータがあります。また、ある地区でレセプト調査を行ったところ、70歳以上の方は平均して6〜7種類ほど服用されているという結果が出ました。各疾患や症状に合わせてそれぞれの専門科にかかることでどんどん薬が増えていき、それによって薬物有害事象が出やすくなります。

多病による多剤服用問題について、「ポリファーマシー」という言葉がよく使われます。海外では「5種類以上服用=ポリファーマシー」が定番です。しかし、高齢者に薬物有害事象が生じる要因は多岐に渡るので、最近はそれらもまとめて「ポリファーマシー」と呼ぶ傾向があります。反対に、薬の数が多くても有効性があり問題が生じていないのであれば、それはポリファーマシーに含む必要はなく、薬の種類や数だけで問題があると決めつけない方がいいという意見もあります。

とはいえ、どのくらいの量の薬を服用すると有害事象が生じやすくなるのかという指標は必要です。そこで現在、「何錠」ではなく「何種類」飲んでいるかでデータベースを解析しています。入院患者の調査では、6種類以上服用している場合に薬物有害事象が生じやすくなるというデータが出ました。また、通院患者の調査で5種類以上の服用で転倒リスクが高くなるというデータもあります。その他にも薬物有害事象がもたらす現象として、高齢者の救急搬送においては3~6%は薬が原因という報告や、多剤服用によって長期入院のリスクが2倍になるという報告もあります。

また、薬が効きすぎていないかを確認すると同時に、その薬がきちんと効いているかどうか確認することも大切です。例えば「しびれ」に対しての薬を処方しても症状が改善しないという場合、その薬自体は悪影響がなくとも、効果もないため他の方法を考えることが必要となります。

仮に不要な薬と判断し、良かれと思って処方を削る場合、患者さんの嗜好などを鑑みて調整することが大切です。諸外国に比べると医療費の自己負担が少ない日本では、患者さんは「“とりあえず”薬をもらいたがる」という傾向があります。日本の医療はフリーアクセスであるため、医師側がいくらその人のことを考えた処方をしたいと思っていても、患者さんに「無理矢理薬を削られた」と捉えられてしまうと、簡単に違う病院に行ってしまわれます。

3.その他の問題

他にも、加齢による身体機能の低下や多病により症状が非典型的となり、誤診に基づく誤投薬がされるケースがあります。

また、高齢になると認知機能・視力・聴力などの低下によるアドヒアランス(患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること)の低下が起こります。それによって、薬の説明がうまく伝わらない、症状の訴えをきちんと聞き出せないといったコミュニケ―ションの問題や、誤服用、薬の取りこぼし、飲み忘れなどの要因で薬物有害事象が発生したり、高齢者本人が症状を感じにくく副作用の発覚が遅れるといった問題が生じています。

アドヒアランスの低下に対しては、患者さんの生活レベルに合わせてきちんと服薬できる方法を考えた処方の仕方が大切です。1日2食の方に朝・昼・夕食後の処方をするのは不合理ですし、服薬に介助を要するのであれば、介助するご家族やヘルパーさんが飲ませられる時間に合わせた処方が必要となります。

 

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医師プロフィール

秋下 雅弘 加齢医学・老年病科

東京大学大学院医学系研究科加齢医学・東京大学医学部附属病院老年病科 教授。
1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、2002年より杏林大学医学部高齢医学助教授、2004年より東京大学大学院医学系研究科加齢医学助教授などを経て、現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会・講演会・新聞・雑誌などで注意を喚起している。「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」の作成にあたり研究代表を務める。その他、性ホルモンと加齢疾患、フレイルなどを専門とする。著書に『男が40を過ぎてなんとなく不調を感じ始めたら読む本』(メディカル・トリビューン社)、『薬は5種類まで 中高年の賢い薬の飲み方』(PHP新書)などがある。
日本老年医学会 副理事長
日本老年医学会・高齢者薬物療法のガイドライン作成ワーキンググループ 委員長

秋下 雅弘
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