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うつ病患者の治療を通し、地域社会に貢献していく

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地域にリワークプログラムを行う専門施設がなかった山形県庄内地域。この状況を受けて酒田市の山容病院では、2016年から新たに「うつ病リワークプログラム」をスタートさせました。山容病院院長の小林和人先生は、このプログラムを通して、うつ病患者の復職、再就職を支援するだけでなく、地域社会に貢献していきたいと考えています。

◆山形県庄内地域、初の「うつ病リワークプログラム」

2016年1月からスタートした「うつ病リワークプログラム」。当院では、会社を休職中の方に加えて、求職中の方も受け入れています。当プログラムの目標は復職、そして就職です。

もともと当院のある山形県酒田市周辺には、リワークプログラムを行っている専門施設がありませんでした。そのため、うつ病で仕事を失った方が再び就職するチャンスがあまりなかったのです。

実際に私自身が受け持っていた患者さんが失職するケースが多く、「傷病手当が残り1カ月で切れてしまう」「休職を繰り返していてもう辞めるしかない」といった状況でようやく当院の門を叩く人も多くいました。早い段階から専門的な支援をしていることが早期復職につながるのですが、その支援ができていませんでした。

◆うつ病リワークプログラムの内容とは

平日5日間で行うプログラムは、4週間を1クールとして6クール、約6カ月かけて進めていきます。1クール目のみ水曜日以外は午前中の1コマ、2クール目以降は毎日9~15時まで会社で働くような生活リズムで、午前と午後1コマずつの計2コマ受けてもらい、全24週のうち欠席できるのは5日のみに設定しています。6日以上休んだ場合はプログラムを一旦離れ当院の外来治療に戻ったり、紹介先の医療機関の治療に戻ったりしてもらいます。

1月から始めて現在までの参加者は12名、離脱者は3名、6月と7月に1名ずつ卒業しています。

当プログラムでは、集団認知行動療法や、心理療法、マインドフルネス、スポーツ、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を通して、自身のうつ病への理解を深め、再び働くために体力回復や人間関係の構築の仕方などを学んでいきます。

こちらのプログラムでもアルコール依存症治療プログラムと同様、ロールプレイングを行っています。模擬会社を作り、役職を割り振って社員として仕事をしてもらうのです。例えば、地元の情報を集めて地域の広報誌を作る会社という設定では、編集長、編集者、ライター、カメラマンなどそれぞれの役割を担い、地域のフリーペーパーを納期までに収めることを目標に据えます。

その中で、PCスキルとしてワード・エクセル・パワーポイントの使い方は全て基礎から教えています。また、意見の違いがあった際にどう対応したらいいのか、どのように同僚や上司と接したらいいのか練習していきます。さらに、模擬会社で上司の役割を担うことは、実際に就職した際に上司の気持ちを理解できるようになったり、上下関係をうまく構築できるようになったりという効果があります。

働く過程で人間関係につまずいたら、リワークプログラムのスタッフとの定期面談の際にその時の状況を振り返っていきます。「あの時、あなたはこう言ったけど、こんな違う言い方をしたら、もっとスムーズに対話ができたのではないか」とアドバイスを重ねます。どういう考え方でそのような言葉を発したのか振り返り、似たような場面に再び遭遇したときに、面談でのアドバイスをもとに言動を変えられるように練習していくのです。

そしてプログラム参加者にとって重要なのは、リワークデイケアの中で指摘されたことをプログラム以外の時間で、いかに落とし込み実践できるかです。それが、プログラムの効果をより発揮させることにもつながります。そのため、プログラム以外の多くの時間を共に過ごすことになる患者家族向けの心理教育も、今後行っていく予定です。

◆プログラムで企業との信頼関係を構築する

さて、このうつ病リワークプログラムでは、企業と深い信頼関係を構築できます。これが当プログラムを行っていくうえで重要な要素になりますし、企業側、さらには地域社会にもメリットがあります。

今までのような、診察室での短時間の診察で一カ月更新の診断書を出すだけではなかなか復職につながらないという実感がありました。また、企業に産業医がいても精神科医である確率は非常に低いので、どのようにコミュニケーションを取っていくか苦労していました。

ところがプログラムを始めることによって、企業と接する機会を作ることができます。患者さんの同意が前提ですが、どの程度治療が進んでいるか、患者さんの思考の傾向や、今どんな点に課題を感じて治そうとしているかなどを言語化して企業側にフィードバックできるので、企業側も復職の準備ができ、患者さんがスムーズに職場に戻ることができます。また、患者さんからだけでなく企業側からも職場環境を伺うことができるので、どのような環境に患者さんが置かれているのかをより客観的に把握し治療できます。

企業側はリワークプログラムを利用することで、うつ病による人材の損失を避けられる上に、新人をうつ病で休職もしくは退職した方のレベルまで育成するのに要する時間とコストを抑えることができます。

企業との関係性構築に関連して先月、企業の12名の方を集めて「リワークカフェ」を開催しました。ここでは、うつ病を持っている方の事例をいくつか挙げながら、それぞれのケースでどのように対応していったらいいのか意見交換をしたり、私たちがどのように治療に取り組んでいるのかもお話したりすることで、よりうつ病や当院に対しての理解を深めてもらうことができました。

このように交流を深められると、「患者さん・企業・病院」の三つ巴の関係性の中で、うつ病を治していけるのです。

◆地元の労働力流出を防ぐ役割も

企業と信頼関係ができると、うつ病になる前段階や初期段階で企業側から当院へ相談してもらうことができ、うつ病患者さんへの早期介入が可能となります。

少子高齢化で地域人口が減り、働き口も減っている酒田市のような地方都市では、生産年齢人口の方がうつ病で一度仕事を辞めてしまうと、仕事自体が少ないので再就職できず、職を求めて仙台など大都市へ行ってしまう傾向があり、さらなる人口減少が進みます。

うつ病リワークプログラムを行うことは、このような労働力流出を防ぐという意義もあるのです。そして労働力を取りこぼさず復帰させていくことが、地域社会への貢献になると考えています。

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医師プロフィール

小林 和人 精神科

医療法人山容会理事長
東京大学医学部卒業。同大学付属病院にて研修後、福島県郡山市の針生ヶ丘病院に就職。平成20年に山容病院に就職。平成23年同病院院長に就任、平成26年より現職

小林 和人
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