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救急も担える家庭医として、埼玉県の医療を支えたい

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医師13年目の遠井敬大先生。家庭医ですが医師10年目の時、埼玉県で救急科に勤務されていました。家庭医として救急医療の現場も経験した背景には、ある考えがありました。

◆後期研修修了後から診療所所長になった理由

―家庭医を志すようになったきっかけを教えていただけますか?

父が埼玉県で開業していて、その姿を見て医師を目指しました。父は外科医で手術もしていましたが、往診もしていて、子どもから高齢者までの幅広い疾患を診ていました。その姿に憧れ、私も何でも診られる医師になろうと思いました。

しかし、多くの家庭医や総合診療医が同様の悩みを抱えていたかと思いますが、病院実習に回ってもイメージに合う診療科がなく――私が家庭医を知ったのは、大学4年生のときでしたね。

医学部内で無料配布されていた週刊医学界新聞をたまたま読んでいたら、家庭医特集が載っていたのです。それを読んで「これが自分のやりたいことかもしれない」と思い、家庭医を志すようになったのです。

ちょうど家庭医を志すようになった頃、父が急逝したため、初期研修は実家から通える埼玉医科大学総合医療センターで受けることにしました。埼玉県川越市にあり、大学病院の分院とはいえ市中病院のような役割を担っていたので、より家庭医療に近い研修を受けられると思ったからです。後期研修も、引き続き実家から通えるよう、東京医科大学総合診療科に新設された家庭医療プログラムを専攻しました。

―後期研修修了直後から、神奈川県川崎市内の診療所の所長を務められています。どのような経緯で医師6年目から診療所所長を務めることになったのですか?

後期研修最後の1年間に、診療所実習がありました。実習に行っていたのは、神奈川県にあった診療所だったんですね。そこで1年研修を受けて、翌年から大学病院に戻るか診療所勤務を続けるか迷っていました。大学の教授が「家庭医になりたいなら診療所での勤務を続けたほうがいい」と言ってくださったので、診療所勤務を決意。ところが研修先の診療所はちょうど医師が充足していて――私が週1回非常勤で勤務していた診療所には常勤医師がおらず、そこの院長として常勤医師にならないか、という提案をいただき引き受けることを決意したのです。

―迷いや不安はなかったのですか?

確かに、前日まで研修医として勤務していた診療所に、翌日からは院長として勤務することに、最初は戸惑いもありました。しかし、いずれは家庭医として開業したいと思っていたので、一番手で責任を持って診療し、マネジメントもできるのは、自分のキャリア形成において大きなメリットがあり、せっかく声を掛けられたチャンスを逃してはもったいないと思いました。

◆救急医療も担える家庭医を目指す

―その後、医師10年目で埼玉医科大学総合医療センター救急科での勤務を始められています。救急科にキャリアチェンジしたのはなぜですか?

先程もお話したように、私は将来、家庭医として開業することを目指しています。そのために必要なスキルは、診療所で診療するスキルです。しかし、病院で必要な治療の説明をするときに、病院で求められる治療のスキルや知識をつけた上で説明したほうが、説得力が違います。また、家庭医として診療所で勤務しているときにも、急患は来ます。その時に救急の知識があれば、大学病院を受診してもらうことなく、地域で完結できる。

特に私の出身地である埼玉県は、全国で最も医師の少ない県。もし地域の家庭医がある程度の救急患者を診ることができれば、救急医療の現場の負担も少しは軽減できます。実際に実現するかどうかは分かりませんが、家庭医として開業したあと、診療所での診療の傍ら一定の時間を救急医療の手伝いもできると、かねてから考えていました。

そして救急科という新たな環境に飛び込むには、体力的にも家庭環境的にも医師10年目が限度ではないかと思ったのです。そのため医師10年目の区切りの時に、一度救急医療の現場でしっかり学ぶべく、救急科での勤務を始めました。

―救急科は、家庭医療とは180度違う環境のように思いますが、どうでしたか?

母校の大学病院だったので同級生やお世話になった先生方がいらして、その点では非常に入りやすかったです。ただやはり、救急科の知識は初期研修レベルで、自分の実力と周囲の期待にギャップがあり、そこをどう埋めていくかが最初は大変でしたね。初心に返り、とにかくたくさん経験を積むことに気持ちを集中させていました。

◆家庭医として地域完結の医療を提供したい

―東京医科大学病院総合診療科に戻られた遠井先生。今後のキャリアはどのように考えているのですか?

将来的には、かつて父が開業していた地に再び家庭医として診療所を開設したいと考えています。家庭医として地域の人たちが安心して暮らせるように、ワイワイと集まれて健康相談なども気軽にできる場所をつくっていきたいと考えています。そして、可能な限り地域の患者さんの治療は地域で完結させることができるようにしていきたいですね。

あとは、自分自身が埼玉県で家庭医の研修を受けたいと思ったときに、研修施設が県内にありませんでした。結果、私は東京都や神奈川県で研修を積んできましたが、もし埼玉県で家庭医になりたい後輩がいたら、埼玉県内で研修ができるように、教育施設としても機能できるようにしていきたいですね。

私自身がそうでしたが、やはり「地元」では熱量が変わります。だからこそ、埼玉県で医療をしたい後輩が埼玉県に残れるように自分も役立ちたいですし、それが埼玉県の医療課題を少しでも改善することにつながっていくのではないかと思っています。

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医師プロフィール

遠井 敬大 家庭医

埼玉県出身。2005年埼玉医科大学を卒業後、同大学総合診療センターにて初期研修、東京医科大学総合診療科家庭医療プログラムにて後期研修を修了。2011年4月から川崎セツルメント診療所所長を務める。その後、2016年4月より2年間、埼玉医科大学総合医療センター救急科(ER)にて勤務。2017年4月より東京医科大学病院総合診療科に勤務、現在に至る。

遠井 敬大
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