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故郷の宮古島で家庭医として貢献したい

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医師6年目の砂川惇司先生は、将来的に家庭医として、故郷の宮古島の医療に貢献したいと考えています。しかし学生時代は、臓器別の専門科に進もうと考えていた時期もあったとのこと。「離島医」を志したきっかけ、そして、どのようにキャリアアップしようと考えているのか――? お話を伺いました。

◆離島実習で変化した気持ち

―医師を志したのはどのような理由からですか?

宮古島出身で、将来は島のために貢献したいと思ったことから医師を目指すようになりました。ただ、大学4~5年生頃までは臓器別の専門科に進みたいと考えていました。本格的に離島医療に携わりたいと考えるようになったのは、離島診療所での実習があったからです。それが大きなターニングポイントになりました。

離島診療所の実習では、どのようなことを経験したのですか?

宮古島と石垣島の間に人口1200人程の多良間島という島があり、その島唯一の診療所での実習でした。私が育った宮古島は人口約5万人で、沖縄の離島の中では規模が大きいです。ただ多良間島に行ってみると、自分が育った集落の環境と非常に似ていました。

そのような環境で、診療所の先生は、島民として暮らしながら医療を提供していて、その姿がとても楽しそうに映ったのです。日中は外来診療をしたり、地域に出向いて健康講座を開いたりして、夜になると先生の友人が釣ってきた魚を一緒にさばいて夕食を楽しんだりしていて――。自分が育ってきた環境と似たような環境で生活をしながら、医師としても働けることを知り、大きな魅力を感じたのです。

それで離島医療に携わりたいと思うようになり、沖縄県立中部病院プライマリ・ケアコースで初期研修から受けることに決め、一昨年から後期研修の一環で、西表島大原診療所に勤務しています。

◆大原診療所長としての活動

―砂川先生が西表島で取り組んいることはありますか?

月に1回、診療所や役場の福祉支援課、保健師、駐在警察官、民生委員が集まって地域ケア会議という会議を開いています。その中で、認知症の方のことが話題になり、それをきっかけに認知症サポーター養成講座を始めました。

あとは、高齢者のフレイルへの対応。私が勤務している大原診療所がある東部地区には介護保険施設がないだけでなく、介護に関係する方は皆島外から通勤しており、利用できる介護サービスが限定されています。そのため、島で自立した生活ができなくなると、家族が介護するか島外に出なければなりません。

例えば、一度高齢者が島外の病院に入院でADLが低下した場合、比較的近くに家族は住んでいても、介護への心の準備や環境面での準備ができていないと、高齢者はそのまま島外の介護保険施設などで過ごし、最期を迎えることになります。反対に、高齢者に介護が必要となると、家族みんなが沖縄本島などから帰ってきてくれて、自宅で過ごせる例もあります。いずれにしても介護は、家族がどれくらいサポートできるかに依存してしまっているのが現状です。

だからこそ高齢者が自宅に住み続けるためには、フレイルへの対応が重要です。そのため、役場の方と相談して島の栄養士さんに調理の実演をしてもらう機会を設けたり、講座を開いたり、知識面の啓発をしています。

―その他に取り組んでいることはありますか?

課題に感じているものの、まだあまり実行に移せていませんが、働く世代にいかにして自身の健康向上に興味関心を持ってもらうか。そのアプローチ方法をどうしたらいいのかは、今後考えて取り組んでいきたいですね。

やはり受診するほどではないもののメタボリックシンドロームの方は一定数います。しかし、このポピュレーションは多くの場合、健康にあまり興味関心がありません。そのため健康の重要性をどのように伝えるか、いつも悩んでいます。

今漠然と考えているのは、家庭医の友人から教えてもらった診療所便りのような発行物を、ポップな形でスーパーなど診療所の外に貼り、少しでも情報を見る機会を増やしたらどうかと思っています。むしろ健康情報より違うトピックの割合を多くして、その中に少しだけ健康情報を盛り込む形で、興味を持ってもらえないかと考えています。

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医師プロフィール

砂川 惇司 家庭医療専攻医

沖縄県宮古島出身。2014年に琉球大学医学部を卒業後、沖縄県立中部病院にて初期研修修了。2017年から県立八重山病院附属大原診療所で勤務。後期研修終了後も同診療所で勤務している。

砂川 惇司
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