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環境保護×家庭医 地域医療から夢を叶えたい

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環境保護への興味をきっかけに、キャリアを逆算して見つけたのは医師だった――。家庭医の玉野井徹彦先生は、現在地元・山口県で医師不足を解消するため尽力しています。そんな玉野井先生が思い描く夢とは?そして山口県が抱える医療の問題とは?お話を伺いました。

◆良き出会いに導かれ、家庭医の道へ

―なぜ、医師を目指したのですか?

私が医師を目指した理由はよく特殊だと言われます。私は海の近くで育った影響もあり、将来は地元の海を守る、地域全体で環境保護に関わるような仕事をしたいと思うようになりました。同時に地域全体で環境保護に取り組むために、まずは仲間づくりが必要だと考えました。そこで、地域全体を見渡し、人とのつながりをつくれるような仕事として、地域に住む人々の健康に関わるような医師になりたいと思うようになったのです。

―中でも家庭医療に興味をもった経緯を教えてください。

地域の健康に関わることができる医師とは何か考え、どんな地域にも必ずある産業を支える医者・産業医は面白いと思い、当初は産業医科大学に入学しました。しかし、地域に暮らす方はもっとバラエティに富んでいるはずと思い、実際に地域で活躍されている先生に会いに行くことにしました。そして医学部4年生の時、島根県の隠岐島前病院の白石先生夫妻に出会ったことがきっかけで、家庭医療の道へ歩み出すことになります。白石先生は、専門科にこだわることなく患者さんを診ており、非常に衝撃を受けましたね。また、社会背景も踏まえ連続性を持った面で診ている姿を見て、これが私の理想だと気づきました。白石先生から、まずは感染症診療ができることが大事と助言をいただき、初期研修は沖縄県の中頭病院を選びました。

中頭病院では感染症診療はもちろん、多くのかけがえのない仲間に出会い、貴重な経験を積むことが出来ました。しかし、医師2年目の時「退院後の患者さんがどうなったのか?」「なぜ特定の患者さんは何度も入院をするのか?」などの疑問を抱くようになったのです。そこで再び白石先生の元へ行き、疑問をぶつけたところ、病棟だけでなく外来も得意とする「家庭医療」の世界を教えていただきました。そして偶然にも豊見城中央病院の膠原病内科を研修した際に亀田総合病院から来られた上地先生と出会い、亀田ファミリークリニックでの研修を後押しして下さり、後期研修へ進むことになりました。

―初期研修後は、亀田ファミリークリニック館山へ。亀田での研修はいかがでしたか?

亀田の研修では、志の高い仲間と目標となる先輩に恵まれた事が何より貴重でした。中でも、「家庭医療」と「FD(Faculty Development)」の考え方を基礎から学べたことが非常に大きかったです。「家庭医療」は私の抱く多くの疑問に対する答えを持っており、振り返りをする習慣も身についたので、人間的にも成長できる学問だと思います。また、「FD」では人が育つことの難しさと面白さに気づき、そのために必要な医学教育だけでなくリーダーシップ論や交渉術など、なかなか習わない医師として必要な素養を身につける事ができました。研修が進むにつれて「この2つがあれば地域の役に立つ医者になれる」と自信を持てるようになりました。

その後亀田で研修を終え、その学びを山口県で実践したいと考えました。地元で家庭医療と教育をして人が集まる仕組みを作るのが私の最終的な目標ですが、今は山口大学で家庭医が育つ環境を作ることがミッションだと思っています。

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医師プロフィール

玉野井 徹彦 家庭医

山口県出身。2011年3月産業医科大学医学部を卒業後、敬愛会中頭病院勤務(初期研修2年間、後期研修1年間)。2014年4月より亀田ファミリークリニック館山家庭医診療科に勤務(後期研修4年間)。2018年4月より山口大学総合診療部所属、医療生活協同組合健文会 生協小野田診療所にて現職。

玉野井 徹彦
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