フィリピンでのボランティア活動から医師を志した清水皓己先生。血液内科での研鑽を経て、長崎大学大学院で公衆衛生学修士(MPH)を取得、タンザニアで小児血液がんの臨床研究にも取り組みました。「血液内科と国際保健の親和性は必ずしも高くないが、低・中所得国(以下、LMICs)との関わりを維持したかった」と話す清水先生に、血液内科×国際保健をテーマに掲げ、どのようなビジョンを思い描いているのか伺いました。
◆フィリピンでのボランティア活動から医師の道へ
—医師になろうと思ったきっかけを教えてください。
私が医師を志したのは、中学・高校時代をフィリピンで過ごした経験からです。課外活動を重視したインターナショナルスクールに通っていて、私はフィリピンのキャビテにある児童養護施設でボランティア活動をしていました。その施設には発達障害のある子どもや虐待を受けた子どもたちがいて、彼らと一緒に遊んだり、ご飯を食べさせたりしていました。彼らは自分の置かれた立場を悲観することなく、非常に生き生きとしていて、そんな彼らと接する中で、私の方が得ているものが多いと感じていたんです。
ところが、4〜5年に渡りボランティア活動を続けていると、一緒に遊んでいた子どもの死に直面することが何度かあり……徐々に一緒に遊んだりご飯を食べさせたりするだけでは不十分なのだと考えるようになりました。そこから、小児医療や児童精神に興味を持つようになり、日本の医学部を目指すことにしました。
—医学部卒業後、血液内科を専門に選ばれたのはなぜですか?
初期研修の序盤で血液内科を回り、血液内科医のあり方に魅了されたからです。初期研修は聖路加国際病院で受けました。
血液内科では患者との関わりが非常に濃く、一生の付き合いとなることもあります。お互いに信頼し合いながら治療だけではなく、人生に関わり続ける血液内科医のあり方に大きな魅力とやりがいを感じ、血液内科を専門に選びました。
—なぜ長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス専攻に進学されたのですか?
医学部を卒業してから7年間は知識を吸収し、目の前の患者さんと向き合うことに精一杯でした。専門医資格を取得し一段落したところで、次の進む道を考えた時、やはりフィリピンで育ったことから、低・中所得国(以下、LMICs)との関わりは捨てたくないと改めて思ったのです。正直、血液内科と国際保健の親和性は高くありませんが、それでも国際保健に携わりたいと思い、公衆衛生学修士(MPH)を探していたところ、長崎大学大学院のコースを見つけました。
MPHは通常1年間ですが、長崎大学のコースは2年間あり、そのうち最長8カ月間は国内または海外でのインターンシップと研究に従事できます。また長崎大学は長年、熱帯医学分野で様々な国との関わりが深いことも魅力的で、長崎大学大学院に進学することを決めました。
◆タンザニアでの臨床から得た気づき
—長崎大学のMPHではどのような経験をされましたか?
2年目には、タンザニアの三次医療機関であるムヒンビリ国立病院で8カ月間、小児がん病棟で臨床に従事する機会を得ました。臨床業務を行いながら、2016年から2020年までの小児急性リンパ性白血病(ALL)の患者データを収集。この期間の小児ALLの2年無事象生存率は36%にとどまり、化学療法の初月に26%の患者が死亡または治療を放棄するなど、厳しい現実を目の当たりにしました。この時の研究に協力してくださった先生方とのつながりから、今も研究を続けていて、LMICsにおける血液内科診療の発展に寄与できる方法を模索しています。
—タンザニアでの診療や研究を通して、どのような課題を感じましたか?
そもそもタンザニアでは、成人の白血病治療はほぼ緩和ケアしかありません。私は成人の血液内科専門医ですが、タンザニアでは成人白血病の診断と治療に限りがあり、NGOの支援がある小児がん病棟に配属された経緯があります。血液内科領域においては、このような現状です。
ただ成人の慢性骨髄性白血病に関しては、抗がん剤「イマチニブ」の内服治療が可能で、開発したノバルティスファーマと提携を結んだ医療機関では、イマチニブが無償提供されます。ですから治療費の負担は抑えられますが、日本と比べて3倍の国土を有するタンザニアで、イマチニブの無償提供を受けられる医療機関は2病院のみ。地理的に治療にたどりつけない患者さんが大勢います。また保険制度も十分ではないので、多くの医療負担が発生します。つまり経済的に裕福でないと通院が維持できず、治療の利益を享受できないのです。
またLMICsには、先進国で長い年月をかけて開発された最もコストエフェクティブな治療プロトコルや医療機器がポンと入って来ることがあります。するとLMICsの医療従事者は、これまでの技術開発の背景を知らない場合、理解が限定され、イレギュラーに対応できないなどの問題も起こりえます。ですから、現地への技術共有やトレーニング方法はきちんと考えなければならないと思います。そして医療技術の発展には、国の保健制度も絡んできます。
他にも、世代を問わず治療にたどり着けたとしても、自宅や周辺の衛生環境の悪さから感染症にかかって亡くなるケースも少なくありません。このように課題が多岐にわたっていることを痛感しました。
◆自分の関心を追求していくことが大切
—MPHを経て、これからの展望はどのように思い描いていますか?
私の最終的な目標は、LMICsでの血液がんケアの改善に貢献することです。そのためには国の医療制度とのバランスの取り方や衛生環境といった公衆衛生の知識も不可欠です。そのため2023年10月から長崎大学-ロンドン大学国際連携グローバルヘルス専攻に進みました。3年間の博士課程でより知識を深めつつ、血液がんケア改善のための対応策を見出していきたいと思っています。
博士課程修了後のことはまだ模索中ですが、先進国で臨床を続けつつ、LMICsでも臨床や疫学研究に従事できたら嬉しいです。例えばタンザニアには血液の専門医が非常に少ない状況です。そのため血液内科医として臨床に従事するとなると、独立したスキルと知識が求められます。ですから、常に臨床医として知識をアップデートするためにも、臨床との関わりは先進国でも持ち続けたいと考えています。そして臨床と並行して、がんの疫学研究にも取り組むことでデータを出していき、その国の保健制度の修正や投資につなげられたらと考えています。
—キャリアに悩む後進へのメッセージをお願いします。
特に国際保健に携わりたいなら、自分の関心を追求していくことが何よりも大切です。そうすることで道は開けます。お話ししたようにLMICsのニーズは多様で、取り組みたいと思った人がどんどん取り組んでいくことでしかニーズを満たせない部分があります。ですから、経歴や専門、生き方、考え方がそれぞれ違うからこそ、自分の関心事を追求することで貢献できる場が見つかるはずです。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2024年8月20日