デジタル技術で医療現場を効率化したい
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◆デジタル技術で40分の業務が10分に
―現在の取り組みを教えてください。
2023年から福岡歯科大学耳鼻咽喉科学分野で助教を務めています。年間約7,000名の診療や150件の手術に加え、病理や細菌叢に関する研究、さらには歯科と耳鼻咽喉科に関連する疾患をテーマに4大学間での共同研究プロジェクトのマネジメントにも取り組んでいます。
私の業務は多岐にわたり、マルチタスクを求められる環境にあります。そのため、生成AIやデジタルツールを積極的に活用し、業務を最大限効率化できるように仕組みやツールの作成にも力を入れています。
ー効率化とは具体的にどのように行っているのですか?
例えば、Notionを活用して論文や研究プロジェクトを一元管理しています。データベース機能を用いて、研究の進捗状況や今後の計画、参考情報などを整理し、上司や教授とも共有。これにより、上司からも迅速な返答や的確な指示をもらえるようになりました。また、生成AIも積極的に取り入れています。時期によって異なりますが、最近はChatGPTやGemini、Claudeなどのツールを利用し、論文の下書きやアイデア出し、教授からのフィードバックの反映にも活用しています。
医療現場では、外来の医師数が減ってしまったにもかかわらず、外来患者は増加していて、看護師の業務負担が大きいという問題が起きていました。そこで、まずはChatGPTを活用してペイシェントジャーニーを可視化。スタッフ全員でそれを見ながら話し合い、無駄な部分を洗い出し、業務効率化へつなげています。また、入院支援センターのない当院の外来看護師さんが40分ほどかけて行っていた入院説明を動画にし、QRコードで共有できるようにもしました。その結果、今では入院説明にかかる時間は10分ほどです。
—職場全体の効率化につながっているのですね。
効率化を進める中で、自分の業務だけを効率化しても自己満足で終わってしまうのではないかという懸念がありました。しかしデジタルツールの導入によって、実際に看護師さんの業務効率化が明確に数値として表れたときは、大きな手応えを感じ、とても嬉しかったです。
今までなら私が動画を全て作成するところでしたが、看護師さん自身が動画作成できるようレクチャーしたところ、「大腸カメラの説明動画を自分で作ってみます」と自発的に行動し始め、効率化の取り組みが周囲へも波及し始めていると感じています。また、デジタルツールを活用した医療や在宅医療の教育、講演、シンポジウムに呼ばれるようになったことからも、その意義を感じる人が少なからずいるのだと感じます。
◆合理性を超えた経験が人生を彩る
—ところで木村先生は、なぜ医師を目指したのですか?
父が耳鼻咽喉科の開業医なので、自然と耳鼻咽喉科医を目指すようになりました。クリニック継承を見据えて、医学部でも耳鼻咽喉科分野やその周辺領域の知識ばかりを学んでいました。初期研修修了後は、予定通り福岡大学病院の耳鼻咽喉科に入局しました。
その後は、知識やスキルをさらに高めたいという思いから、翌年に同大学大学院へ進学し、病態構造系病理学博士課程に進みました。その期間は、自分の所属する大学の耳鼻咽喉科を外から眺めたり、少し異なる環境に身を置く機会となりました。給与面などもあり研修医時代に興味を持っていた「医療法人すずらん会たろうクリニック」(福岡県福岡市)で、在宅医療のアルバイトを始めました。
そのとき内田直樹院長から「せっかくなら耳鼻咽喉科の専門性を活かして在宅医療を切り拓いてみてはどうか」とアドバイスいただいたんです。そこで助成金を申請して耳鼻咽喉科の検査に使用する内視鏡を購入し、それを持って在宅医療の現場での診療に取り組みました。
在宅医療の現場での学びはもちろんですが、在宅医療に関連する学会では、活動的な同世代の先生方や、多くの経験を積んできた先生方に出会い、刺激を受けました。耳鼻咽喉科の外に出る予定のなかった私としては、かなり刺激的で、その経験が専門分野や業種に囚われないコミュニティへの興味につながったと思います。
—どのようなコミュニティに参加されたのですか?
まずはじめは、医師向け組織マネジメント・リーダーシップオンライン学習プログラム「Antaa Academia」に参加しました。医療従事者が外部のコミュニティに参加することは、心理的にとても敷居が高いと感じますが、医師のみのコミュニティだったので参加しやすいと感じました。1つ経験したことで、そこからはコミュニティ参加への敷居が低くなり、「ものづくり医療センター(もいせん)」、「ヘルスケアリーダーシップ研究会(IHL)」への参加も決めました。
もいせんは、医療者が医療現場の課題をテクノロジーで解決できる力を身につけるためのスクールです。3カ月の受講期間で、嚥下内視鏡検査の患者結果説明用紙を効率的に作成するツールを実装しました。というのも、訪問診療の現場で嚥下内視鏡検査を行った後、患者さんへの結果説明用紙を独自でカルテへの結果記載と別に作成をしていました。点数加算があるわけではないですが、現場に必要と考え、1例あたり30分以上かけて作成しており、その効率化に取り組んだプロダクトです。
もいせんで感じたことは、現場の課題感を的確に拾い上げる力が重要だということ。受講者の中にはデジタルツールに詳しい人もいましたが、デジタルに疎くても医療現場の課題感を強く持ち、なんとかツールにつなげたいと思っている人もスキルをバリバリ伸ばしていたように感じます。
またIHLでは、自身のリーダーシップ開発を目指し、セミナーや研究会活動を通して、リーダーシップマインドやスキルを学びます。3年前に参加し、去年からは総務理事として運営に関わっています。
もいせんで学んだデジタルリテラシーやツールを医療現場で活用するのは簡単ではありません。患者情報の扱い方や導入コストなど、現場のハードルが高いためです。しかし、IHLのマネジメントやタスク管理の場面で、その知識を活用しながらデジタルのスキルを伸ばすことにチャレンジしてきました。その結果、実際の医療現場でのデジタル活用に少しずつつながっていると感じています。
—参加したきっかけは何だったのでしょうか?
これらのコミュニティは、内田先生が紹介してくださいました。もいせんは、内田先生が受講していて、とても大変そうでしたが本当に楽しそうだったんです。私よりも一回りも年上の先生が楽しそうに学ぶ姿を見て、背中を押されました。
—内田先生との出会いがターニングポイントとなったんですね。
はい。研修医2年目に内田先生と出会ったことが、私のキャリアに大きな影響を与えています。「耳鼻咽喉科医になると、今後関わることはなさそうだから」と選んだ在宅医療でしたが、気づけば6年間も関わり続けており、キャリアの大きな柱になりつつあるのが面白いです。
「たろうクリニック」で働くことで、耳鼻咽喉科医でありながら在宅医療の医師としてのアイデンティティを1つ持ちました。在宅医療学会では、5000人ほどの参加者の中で耳鼻咽喉科医は10〜20人程度だと思います。そのため、耳鼻咽喉科では在宅医療の知識を、在宅医療の現場では耳鼻咽喉科の知識を求められることも多く、このようなアイデンティティの築き方もあるのだと気づきました。もいせんでデジタル技術について学び、それを習得することで新たな1つのアイデンティティになると考えています。
それまでは、専門医を取得して手術の研鑽を積み、博士号を取得し、クリニックを継承して地域を支える耳鼻咽喉科医師へーーと、合理的なキャリアパスを思い描いていました。しかし在宅医療がきっかけとなり、合理性を超えた経験をする機会を与えてくれました。今振り返ると、どの経験も私の人生の旅路を彩るための必要なものになっていると感じています。
木村翔一 先生の人生曲線
医師プロフィール
木村翔一 耳鼻咽喉科医
福岡歯科大学総合医学講座耳鼻咽喉科学分野助教
2016年福岡大学医学部医学科卒業。同大学病院で初期研修修了後、耳鼻咽喉科へ入局。2022年に福岡大学医学部医学研究科病態構造系病理学博士課程を修了。並行して「たろうクリニック」(福岡県福岡市)で在宅医療に携わり、Antaa Academia、ものづくり医療センター、ヘルスケアリーダーシップ研究会に参加。2023年10月より現職。