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INTERVIEW

オハイオ州立大学医学部小児科

小児科

小野原 大介

カテーテルで心不全治療に挑む医療デバイス開発

長崎大学医学部を卒業後、心臓血管外科医として13年間の臨床経験を積み、38歳で米国留学を決意した小野原先生。現在はオハイオ州立大学医学部助教授として心不全治療デバイス開発や、羊の胎児を用いた大動物モデルの作成に取り組んでいます。東日本大震災をきっかけに「後悔のない人生を」と海外挑戦を決断し、家族でのアメリカ生活も10年目。小野原先生のキャリア転換の経緯と若手医師への熱いメッセージについて伺いました。

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1. 現在の活動について

2024年1月からオハイオ州コロンバスに移り、オハイオ州立大学医学部小児科のアシスタントプロフェッサーとして、ネーションワイド子ども病院の再生医療センターで研究室を運営しています。100%リサーチに専念しており、アメリカで臨床はしていません。

私のラボでは、前職のエモリー大学で行っていた研究を継承し、主に2つのプロジェクトを中心に進めています。

1つは、日本では心移植を受けることが難しいこともあり、心不全患者の選択肢が限られています。そこで、カテーテルを用いた低侵襲な治療法を開発しています。

発想の背景は、心不全悪化の要因とされている壁応力(wall stress)です。物理学のラプラスの法則で規定されているように、球形や円柱状の物体の壁にかかる張力は、その半径と圧力に正比例し、壁厚に反比例するという方程式があります。これらの数値のどれかを改善することで心不全の進行が抑制できると期待され、10数年前からさまざまなデバイスが開発されてきましたが、なかなか良い成果が出ませんでした。

心不全の新しい治療法として、マイトラクリップ(心臓弁の逆流を止めるクリップ状のデバイス)が世界的に普及していますが、クリニカルトライアル(臨床試験)の詳細を確認すると、心臓への負荷を軽減するために逆流を止めたとしても、心臓が大きく拡張している場合は、壁応力が高いままで心不全の進行を止められないことが分かりました。つまり、拡張した心臓を小さくし、逆流も治さないと根本的な治療とはいえません。それを同時にできるデバイスがあればより効果的だと考え、エモリー時代に研究を始めました。

動物モデルは、豚の心筋梗塞モデルを用いました。心筋梗塞の位置を調整することで、心不全と機能的僧帽弁閉鎖不全症(functional mitral regurgitation; FMR)を再現し、心筋梗塞直後の僧帽弁輪の動きが悪いと数カ月後にFMRを発症しやすいという予測因子を発見しました。この動物モデルで左室の形と弁の構造を同時に治療できる新しいデバイスを開発しており、初期のプロトタイプを使った動物実験で心機能や弁の動きの大幅な改善を確認できました。

このような研究を日本で行うことは難しいでしょう。動物モデルを作成するために、ハイブリッドオペ室で血管造影装置を使いながら、豚の足の付け根からカテーテルを入れて選択的に冠動脈にエタノール注入を行い、どこにどれくらい心筋梗塞を作るか細かく設計する必要があります。このような大動物実験は費用もかかりますし、大動物を取り扱うためには大きな実験施設が必要となります。アメリカにおいても、この規模の実験が行える施設は多くないかもしれません。

もう1つのプロジェクトは先天性心疾患をもった大動物モデルの確立です。先天性心疾患は患者数が少なく、新しい治療法の開発が遅れています。成人の心臓病と違って大型動物を使った実験モデルがほとんどないことも大きな要因になっています。

このプロジェクトはもともと、エモリー時代のラボのボス(医用生体工学が専門)がデバイス開発を専門としていたこともあり、小児心疾患まで研究の領域を拡大したいと考え、オレゴン健康科学大学(Oregon Health & Science University)に在籍する羊の胎児実験専門のPIと共同研究を始めたのがきっかけです。

私たちが着目したのは左室低形成症候群(hypoplasitc left heart syndrome; HLHS)の大動物モデルです。このモデルは1978年に一度トライされましたが、大動物では4日程度しか生存できなかったため、その後40年間くらい誰も取り組んでいませんでした。私のラボも含め、世界中探しても4箇所程度の施設でしか行われていないとても珍しい大動物モデルです。

私のラボで行っている手法は、まだ子宮の中にいる子羊(胎児)の左房の中にバルーンカテーテルを挿入し、左室に流入する血液を制限する方法です。共同研究では、この手法を用いて8日間の血流制限を行いましたが、左室の著名な容量減少と、右室と左室の発育の乖離を認めました。これはニワトリの卵を用いた実験で提唱されていた「血流がなければ心臓も育たない」という”no flow / no grow”仮説を大型哺乳類でも実証した初めての成果です。現在は、より妊娠早期に血流制限を行い、さらにHLHSの心臓形態に近い動物モデルの確立に向けて実験を続けています。将来的にはこの動物モデルを用いて胎児期のうちに介入できる治療法(in utero intervention)の開発を目指したいと考えています。

大動物実験に従事するMD(医師免許持ち)はアメリカでも少なく、多くはPhDのみの研究室主宰者(principal investigator; PI)が臨床で働いているMD(外科医など)に協力を依頼して行っているのが現状です。そのため、手術ができて研究目的も理解し、なおかつまじめに働く日本人外科医が研究チームに加わることはとても歓迎されると思います。

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PROFILE

小野原 大介

オハイオ州立大学医学部小児科

小野原 大介

オハイオ州立大学医学部小児科 助教授
ネーションワイド子ども病院再生医療センター 主任研究員

2002年、長崎大学医学部を卒業。同年より長崎大学病院心臓血管外科に入局し、大学病院・関連病院で13年間の臨床経験を積む(最終職位:副部長)。この間、外科専門医(2009年)、医学博士(2013年)、心臓血管外科専門医(2014年)、脈管専門医・血管内治療認定医・ステントグラフト実施医(2015年)を取得。2015年夏より米国エモリー大学心臓胸部外科博士研究員(postdoctoral research fellow)、2018年より同大学上級研究員(senior research associate)、2019年より同大学准研究員(associate research scientist)を経験。2024年よりネーションワイド子ども病院再生医療センター主任研究員(principal investigator)およびオハイオ州立大学医学部小児科助教授(テニュアトラック)として、心不全治療デバイス開発と先天性心疾患の大型動物モデル開発に従事。

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