
INTERVIEW

内科・救急・集中治療のトライアングル
17歳で単身渡米し、大学時代に父親をICUで亡くした経験から、内科に加え救急・集中治療の専門性を追求した御手洗剛先生。家族が重病になった時の不安や無力感、亡くなった時の辛さや喪失感を経験したことから、「頭と心の両輪」で患者と家族に寄り添う医療を実践されています。
2017年にスタンフォード大学で創設した「Emergency Critical Care Program(ECCP)」は、救急とICUの”治療の谷間”を埋める革新的モデルとして、院内死亡率6%改善という成果を実証。「既存リソースの最適化で実現可能」という理念は、日本の医療現場にも大きな希望を与えるものです。30年以上の米国生活で培った独自の視点から、次世代への教育と日本への貢献に強い使命感を持ち続ける御手洗医師の軌跡に迫ります。
前編の今回は、「Emergency Critical Care Program(ECCP)」の設立背景や実際の成果、そして内科・救急・集中治療の「トライアングルキャリア」に至るまでを詳しく伺いました。
はい。フェローシップ終了後の2009年から所属は救急科です。初めは救急科のシフトとSurgical ICUを担当していたのですが、現在臨床の半分はMedical ICU で残りの半分は2017年に立ち上げたEmergency Critical Care Program (ECCP)のシフトです。スタンフォードの場合、集中治療科はなく、Medical ICUは呼吸器内科、麻酔科、救急科等に属する一部の集中治療専門医によって運営されています。
2017当時は、まだ新しい病棟が建設される前で、ICUのベッドが常に満床に近い状態でした。それにより集中治療を必要とする重症患者が十数時間、時には数日間もの間Emergency Department (ED)でICUのベッド待ちをしなければなりませんでした(ED Boarding)。このようにED boardingが長引く重症患者は予後が悪くなることが文献でも指摘されており、何とかこれを改善できないかと作ったのがECCPです。
日本では集中治療医の4割が、救急医のバックグラウンドを持っていると聞いているので、救急と集中治療の間に治療の谷間は生じ難いかもしれません。しかし米国のMedical ICUの医師の大半は、内科の研修の後にPulmonary Critical Care Fellowshipといって、呼吸器内科と集中治療のトレーニングが一体化された3年間のフェローシップを卒業した医師達です。ちなみに内科の研修を受けずに、救急科の研修後2年間の集中治療フェローシップを経て集中治療専門医の資格が取れるようになったのは2011年からです。
米国の医療現場では各科の専門性と独立性が高く、その垣根が時に円滑なコミュニケーションや連帯に支障をきたす事もあります。自分は当時珍しかった救急と集中治療両方の専門医として二つの領域の橋渡しになれると思いました。
米国のEDは外傷、熱傷、ストロークセンター等に指定された病院かどうかによって、運ばれてくる患者の違いに差があるとはいえ、基本的には多くの疾患の初期治療に対応できるような体制が整っています。入室後数時間の間に診断と治療をして、帰宅か入院、場合によっては転院の判断をする。そのためのトレーニングはもちろん、多くの患者を同時進行で診るためのオペレーションも確立されています。
ただEDはもともと長時間対応を前提として作られていないので、入院決定後ED滞在が8時間、16時間、24時間って延びてくると話が変わってくるんですよね。ED boardingがICUへの入院を必要としない軽症患者だけだった場合でも、新しい患者を診察するためのED内ベッドが不足し、待合室が患者で溢れ、初期対応にも遅れが生じる。
これが重症患者だった場合は更に深刻です。EDチームが最高の初期治療を提供しても、そこからICUに移れるまでの間に、質の高いケアを長時間提供し続けるための設計になっていない。外傷患者、ST上昇型心筋梗塞, 脳梗塞などの重症患者の場合は予後に重大な影響を与えるゴールデンアワー中に最適治療することで軽症化したり、オペ室やカテ室に移動したりしますが、内科系の重症患者は、基本的にこのゴールデンアワーが長い上に、ICUが満床なら移動しません。救急科の医師がその患者の部屋に留まり続けてしまうと、他の多くの患者のケアに支障が出ます。一方、重症患者がED boardingをしているということは、ICUの満床を意味しているので、集中治療医も忙しくて距離的にも離れたED boardingの患者のケアに集中できません。この構造上のケアの歪みを埋める手段の一つとして作られたのがECCPです。
他の病院からの転送等によってICUが満床になりやすい都市部の大学病院に起こりやすい問題だと思います。まず高齢化に伴い全国的に救急に来る重症患者数が増えているのですが、その割に受け入れ先のICUベッド数はあまり増えていません。また、ベッドはあっても看護師が足りないという場合もあります。これから更にEDに来る重症患者が増え続けるとなると、ICUが普段から満床に近い病院では問題が大きくなると思います。
この問題に対しミシガン大学では、EDの近くにEC3という集中治療機能を持った14床のベッドを持つユニットを作り、EDの初期治療が終わった重症患者を即座に移動させるという解決法をとっています。EC3の中で重症化が持続する患者はそのままICUに、そうでない患者は一般病棟に行けるようにしてICUのリソースの最適化も図っている。しかし金銭的にもスペース的にもそういうユニットが作れる病院は限られていているのが現状です。
はい。まずスタンフォード大学病院に適した解決方法を考えました。そもそも新たなスペースはないですし、24時間体制でリソースを稼働させる程の患者数を見込んでいるわけではありません。
そこでもともと患者が初期治療を受けているEDの部屋に、救急から要請を受けたECC医師がすぐに出向いてICUトリアージし、集中治療が必要な患者にはその部屋でハイレベルな治療を持続的に提供するというプログラムにしました。そうすることで既に存在するEDのリソースを使うことができますし、担当の看護師さんも同じ方が診るのでケアの継続性がある。我々は救急と集中治療のそれぞれの強み、限界、人材、オペレーションを熟知していたので、専門性と円滑な連携を通じて治療の谷間を埋めることができる確信がありました。
運用時間は平日の午後2時から夜12時で祝日も含みます。この時間帯は重症患者の到着と救急の混雑がピークになりやすいんです。人的体制としては、救急科と集中治療科の両方の専門医資格を持った医師が『ED-based intensivist』として救急で継続管理します。
実は全米でも他に例がないと思うのですが、スタンフォード病院のEDでは2017年より前から救急とICU両方のトレーニングを受けた看護師(現在は『ECC看護師』という名称)が、常にEDに一人配置されていました。集中治療医を配置しても、実際にarterial lineのモニターセットアップや昇圧剤の調整などをこなせる看護師のパートナーが不可欠です。ECC看護師が担当看護師の指導や補助をしてくれることで、EDにおける重症患者の横断的な観察と迅速な介入を担保できる体制が整っていたことは、このプログラム立ち上げの決断に大きく影響しました。
我々は救急チームからコンサルテーションを依頼された患者を3つのレベルに分類しています。Level 1はICU適応が明確な患者で、ICUの空き待ちも含みます。Level 2は現時点ではICUレベルだけど、6時間以内に病棟へダウングレードできる可能性が高い患者。例えば糖尿病性ケトアシドーシスや軽度の呼吸障害等。Consult onlyは集中治療的評価のメリットはあってもICUを必要としない患者です。
Level1の患者でICUベッドが空いていれば迅速に入院させ、空いてない場合やlevel2の患者は、我々が担当医となってEDで治療を続けます。その中で早期に安定化できた患者は一般病棟への入院に変更してホスピタリストに引き継ぎをします。そうすることでICUの貴重なリソースを温存し、ICUを一番必要とする患者が直ぐにICUに行けるような環境を作れるからです。
我々はこのようにED内での「早期ダウングレード」を通じて適切なICUのリソース配分する事とEDに長時間boardingする重症患者の予後改善する事の両方が大事なミッションだと考えています。
基本的に内科系のICU患者です。呼吸不全や敗血症が多いですが、糖尿病性ケトアシドーシス、意識障害、消化管出血など疾患の幅は広いです。初めから外科系ICUやCCUの入院が最適と判断されるような疾患は対象外ですが、患者によっては初期においてどのICUが最適か分からない患者もいます。どこのICUからも断られるようなundifferentiatedの患者に対応できるのも我々の強みの一つです。
はい。そもそも我々は担当する全ての重症患者に対して、早期に彼らの価値観や希望に則ったゴールズ・オブ・ケアを確認した上で治療方針を固めます。その一部がエンド・オブ・ライフの話し合いです。それまで割と元気な方が突然死亡率の高い大病で運ばれてくる場合はもちろん、末期の持病があってもまだかかりつけ医やoncologistらとエンド・オブ・ライフについて話し合いがされていない場合は、患者や家族にとってその現状を直ぐに受け入れることは難しい。入院後の様々な形の最期に携わった経験のある我々がoncologistなど他職種と連絡も取りつつしっかりと現在の状況、今後の見通し、オプションを説明し、患者の希望を元に最適な方向性を決めます。
ホームホスピス、痛みや苦しみなく院内で最期を診るcomfortケア、一般病棟でできる治療は続けるがICUには行かないというDNE(DO NOT ESCALATE)、ICUに入院するが心臓マッサージや挿管はしないというDNR/DNI(DO NOT RESUSCITATE/DO NOT INTUBATE)などがその例です。多くの命を救うことももちろん大事ですが、エンド・オブ・ライフにおいて患者とご家族に寄り添い、彼らの苦痛を最小限にし、本人が望む最期を迎えるためのサポートをする事も同じように大事な使命だと思っています。
2015年から2019年のデータを差の差分析(DiD解析)で解析したところ、ECCP導入時間帯に来院した患者の院内死亡率がeccSOFA調整後で6.0%絶対減少しました(28.3%の相対減少)。95%信頼区間はマイナス11.9%からマイナス0.1%です(Critical Care Medicine, 2023年発表)。特に中等度重症群で効果が大きく、12.2%の減少です。また、6時間未満の救急内ダウングレードも中等度群では増加しています。
ECCPの効果の検証するにあたってどうしても必要だったのがECCPが関与する直前のEDデータをもとにした重症度スコアでした。しかし当時存在したスコアの多くは、ICUに入った時点かその後に測る目的で作られた入院患者用のものでした。そこで救急に特化した重症度スコアとして我々が提唱したのがeccSOFAスコアです(American Journal of Emergency Medicine, 2020年発表)。
通常のSOFAスコアと違って、EDで入院オーダーが入力されるまでのEHRデータだけを使用し、院内死亡率の予測も可能です。AUROCは0.78と良好で、EDにおける重症度層別に使用することで、ECCPなどED滞在中に開始されるインターベンションに対するアウトカム評価の物差しを提供しています。
AIは結局、入力されたデータの質によってアウトプットの質も変わってきます。意識障害のある患者の治療において家族やケアホームからの情報が不確定な場合もあるし、患者が話せても内容や時系列が時間と共に変わることもあります。そういうアナログな部分、つまり個人の記憶に基づくデータの不確定さや揺らぎ、そういうファクターがどうしても出てくるんです。だから「データさえ入力すればAIが正しい診断をしてくれる」という単純な話ではありません。
ただ、放射線科や皮膚科など画像診断支援において、元々親和性が高い分野で発展が続くと思いますし、日常の業務サポートという点においては全ての科に広がっていくと思います。
ちなみに救急の現場では、患者さんとのやりとりをAIディクテーションを使って記録に活かす試みが始まっています。救急医は常に時間に追われているので、AIが患者のプライバシーやカルテの質も損なわなずに医師のカルテ業務に費やす時間を短縮するとなれば需要はあると思います。他にも救急医が稀な疾患や、稀ではないが非典型的な症状で来院するハイリスク疾患など、鑑別疾患の漏れを防ぐ目的でAIの診断支援を日常的に活用するようになる可能性は十分あり得ると思います。
救急に限らず、AIの発達に伴って医師が臨床現場で求められる能力は相対的に変わっていきます。AIに過度に依存せず、使いこなせる医師を育てるためには今後、医学部や研修において早くからcritical thinkingを培ったり、暗記に依存した知識中心の教育から深い理解に基づく知見を広める教育にシフトして行くことが益々重要になると思います。
テクノロジーはこれからも進歩していきますが、医療の本質は変わらないと思います。100年前も100年後も、患者さんやご家族が感じる不安や辛さに医者が寄り添うことの大切さは変わらない。だから技術を磨き頭をフルに使って、質の高い医療を追求するだけでなく、心もフルに使ってサポートすることで最良の医療を提供する。20歳の時の体験からそれが自分の医療哲学の根っこになっており、次世代の医師にもこの両輪をちゃんと回し続ける事の重要性を伝えています。
PROFILE
スタンフォード大学医学部
御手洗 剛
スタンフォード大学医学部 救急科 臨床教授
暁星高校3年の1学期終了後17歳で渡米し、ペンシルベニア州の半寄宿学校ジョージスクールに2年生として編入。スワースモア大学で経済学を専攻し文学士号取得(1998年)。ロチェスター大学医学部卒業(2002年)後、メリーランド大学で内科・救急コンバインドレジデンシー修了(2007年)。スタンフォード大学で集中治療フェローシップ修了(2009年)。内科・救急・集中治療の3つの専門医資格を保有する稀有な存在。2009年よりスタンフォード大学医学部に所属し、後に救急出身者として初めてMedical ICUに参画。2017年、救急と集中治療を橋渡しする「Emergency Critical Care Program(ECCP)」を創設。同プログラムディレクターとして、既存リソースの最適化により院内死亡率の有意な改善を実現。2024年のAmerican College of Emergency
Medicine National Emergency Medicine Excellence in Bedside Teaching Awardや
2025年のSociety of Critical Care Medicine Patient Safety First! Awardなど多くの賞を受賞。「救急、内科、集中治療のトライアングル」という院内の全身管理を担う中核より院内死亡率の有意な改善を実現。「救急、内科、集中治療のトライアングル」という院内の全身管理を担う中核を舞台にコンパッション、クリティカルシンキング、コラボレーションを重視する教育理念を次世代に伝えている。