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INTERVIEW

スタンフォード大学医学部

救急科

御手洗 剛

内科・救急・集中治療のトライアングル

17歳で単身渡米し、大学時代に父親をICUで亡くした経験から、内科に加え救急・集中治療の専門性を追求した御手洗剛先生。家族が重病になった時の不安や無力感、亡くなった時の辛さや喪失感を経験したことから、「頭と心の両輪」で患者と家族に寄り添う医療を実践されています。
2017年にスタンフォード大学で創設した「Emergency Critical Care Program(ECCP)」は、救急とICUの”治療の谷間”を埋める革新的モデルとして、院内死亡率6%改善という成果を実証。「既存リソースの最適化で実現可能」という理念は、日本の医療現場にも大きな希望を与えるものです。30年以上の米国生活で培った独自の視点から、次世代への教育と日本への貢献に強い使命感を持ち続ける御手洗医師の軌跡に迫ります。
後編の今回は、父の死がキャリアへ与えた影響やアメリカでの30年の生活から見えてきた気付きとともに、今後の展望と若い医師へのメッセージを伺いました。

 

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◆父の死が教えてくれたこと

―お父様の看病をされたと聞きました。

深い洞察力、優れた計画性と行動力、高い集中力と根気強さを持つ一方、ユーモア

に溢れ、深い愛情と広い心を持つ父の背中を見て育ちました。そんな父が大学1年生が終わった夏に病気になって入院しました。そこで約1カ月間ICUの入院患者の家族として様々な感情を経験し、それが今の医師としてのベースの1つになっていると思います。

―具体的にはどのような体験だったのですか?

例えばお見舞いに行ったある日、ICUの看護師さんと医師がナースステーションの近くで楽しそうに談笑していたんです。それを見た時、『自分の父がこんな状況にいる時に、なんでこの人たちは笑っていられるのだろうか』と怒りの感情が湧いたんです。

常に重圧のかかる医療関係者として息抜きも必要だし、いつも深刻な顔をしているべきではないのですが、当時患者の家族として日々の緊張や不安でメンタル的に参っていたので、そういう感情を抱いてしまった。

他にも、ずっと自分は家族として父のために強くなくてはいけないと無意識に気持ちを押し殺していたある日、見舞いから帰る電車の中で突然涙が溢れだし、汗を拭いているフリをしてごまかしたこともありました。

―お父様からは何かメッセージを?

ICUに入って間もなく、父が僕に言ったんですよ。『お前は今家族として辛い思いをしているかもしれないけど、この経験がいつか絶対役に立つ』と。その後早い段階で気管切開になったので父の口から直接聞いたメッセージはそれが最後になりました。

病気に対して家族は無力に感じます。でも言葉が喋れなくなった父の口の動きを見て何を言おうとしているのかを理解し医師や看護師に伝えたり、逆に医師からのレントゲンの説明などを彼に伝えることで、少しでも役に立とうとする日々でした。父が大好きだった足裏のマッサージも毎日やりました。

その後3週間ぐらい経って父の病状も改善し、次の日集中治療室から一般病棟に移ることになったんですよ。嬉しかったですね。その日も僕はいつものように父の足のマッサージをし、終わった後に『お父さんこれから友達と会うから帰るけどまた明日ね』って言ったらすごく悲しそうな顔をしたんです。『お父さん、明日ICUを出れるんだし、またマッサージするから大丈夫だよ』と言ったのですが、その表情が脳裏に残りました。

そうしたら、その日の夜中に突然肺から大量出血をして、心肺停止になりました。一応心臓マッサージで生還したのですが、その時にはもう脳がやられていて回復する見込みはないと。それからしばらくして父は亡くなりました。

どうして父がこんなに早く死ななければいけなかったのかという行き場のない怒り。将来についても色々相談したかったし、これからも冗談を言い合って笑ってたかったのにもう一生叶わないんだという深い悲しみ。あの日、なぜ父のささやかな願いを叶えてあげなかったのか、という罪悪感も長い間引きずりました。

―その経験が今の医療に?

重病患者の家族として初めて経験する感情はあると思います。結局、父の最後のメッセージの通り、あの時の経験が医師としての自分の糧になっている。

残念ながら医師としてどんなに自分を磨いても、父が生き返ることはない。でも自分が沢山の命を救うことで、患者さんやご家族に多くの喜びをもたらすことはできる。そして命を救えない場合でも、彼らの気持ちに寄り添い不安や苦痛を和らげることができる。そういう思いで医療をしています。

◆アメリカでの生活と想い ― 内科・救急・集中治療3つの専門性を武器に

―スタンフォードを選ばれた理由は?

妻の家族がカリフォルニアのサンノゼに住んでいたのと、日本人としても暮らしやすいという理由で、元々将来はベイエリアに住みたいと考えていました。そしてベイエリアで最高の医療を提供しているスタンフォード大学で働きたいと。

ただ当時、大学病院のMedical ICUで働いている救急出身の集中治療医の例は、全米で聞いたことがありませんでした。スタンフォード病院のMedical ICUも、呼吸器内科と麻酔科の医師が半分ずつ占めている上に、そもそも新しい指導医をほぼ雇っていなかった。だからスタンフォード病院のMedical ICUで雇ってもらえる可能性は、とてつもなく低いと知っていました。

しかし、別の大学のフェローシップを経て就職活動しても恐らく0%なのに対し、フェローシップの最中に自分の実力を直接評価してもらえれば、数%の可能性が生まれるかもしれないと考えました。他にも集中治療フェローシップそのものが素晴らしかったこともあってスタンフォードを選びました。

―試行錯誤して考え抜いたキャリアを?

内科の他に救急もと考えたのは、やはり飛行機の中での出来事のあとです。効率だけを考えれば内科のレジデンシーさえあればフェローシップを経て集中治療の専門医の道が開けていたので、あえて救急のためにレジデンシーを2年多くやる必要はなかった。でも自分としては両方の分野が好きだったし、長期的にみても両方やった方が医師としてもっと成長できると思ったのです。

結果的にそれがスタンフォード大の中でもスキルの差別化につながり、各科の高い垣根を超えて連帯を先導できるという、より求められる人材になることができた。若い人たちに伝えたいのは、人生において一見遠回りに見える道が、夢につながる最善の道の場合もあること。留学に関しても効率にこだわって1年にしていたら、スワースモア大学には入れなかったし、大学でも英語でさらに苦労したと思います。

―実際に雇用される時は?

救急の方は問題ありませんでしたが、Medical ICUに関しては空きがなくてSurgical ICUからスタートしました。指導医として残れただけでもありがたかったので、与えられた救急とSurgical ICUの仕事をしっかりこなしながら、近くの私立病院のMedical ICUで経験を積み、能力を磨きました。数年後、Surgical ICUのシフトがなくなってしまったのですが、ありがいことに当時のクリティカルケアディレクターの尽力のおかげで、Medical ICUで働けるようになりました。

―下からの評価も重要ですか?

アメリカの大学病院において研究医は研究での貢献、臨床医は臨床現場と教育面での貢献が一番大切な評価対象となります。教育の評価は主に医学生、研修医、フェローからの評価によって決まります。要するに、「教える対象から評価されなければ残れない」世界なのです。臨床と教育が評価され続けることができる人だけがアカデミックの臨床現場に残れて、多くの優秀な医師を育てることにつながり、それがさらに多くの患者さんのためになるという仕組みになっています。

僕の場合はたまたま教育が好きで情熱を持って様々なものに挑戦しました。救急と集中治療チームの合同ケースカンファレンスや、年に1回救急の研修医のためにCritical Care Education Dayを立ち上げがその例です。臨床現場での教育も研修医からのフィードバックをもとに改良を重ね、自分も楽しみながら続けることで良い評価をいただくことができました。

教える側は常に教えられる側のニーズをもとに進化し続けることが求められる。その一方で教育に真剣に向き合えば、それを正当に評価してもらえる仕組みがあることは、大きなモティベーションになりました。

―日本からの見学生も受け入れてますか?

そうですね、フォーマルに募集をしているわけではありませんが、みなさん自分から連絡してきて、今年も医学生1人と指導医が2人来ています。ECCPのシフトに関しては毎日入っているわけではないので、そのためだけに日本から来てもらうのは申し訳ないとお断りしています。ですから基本的にICUに興味があって、自分が7日間連勤するICUの週に来られる方限定にしています。ただ、他の科の見学をメインに来ている学生さんや、興味を持たれた医師にECCPを見てもらうことはあります。

―どういう方が来られるんですか?

Volunteers in Asia (VIA)というグループがあり、毎年春と夏に日本を中心としたアジアの医学生達がスタンフォードを訪れます。何年も前から彼らの前でキャリアの話をする機会があり、その時の縁を通じて医師になられた後に見学にいらっしゃるケースが多いようです。

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PROFILE

御手洗 剛

スタンフォード大学医学部

御手洗 剛

スタンフォード大学医学部 救急科 臨床教授

暁星高校3年の1学期終了後17歳で渡米し、ペンシルベニア州の半寄宿学校ジョージスクールに2年生として編入。スワースモア大学で経済学を専攻し文学士号取得(1998年)。ロチェスター大学医学部卒業(2002年)後、メリーランド大学で内科・救急コンバインドレジデンシー修了(2007年)。スタンフォード大学で集中治療フェローシップ修了(2009年)。内科・救急・集中治療の3つの専門医資格を保有する稀有な存在。2009年よりスタンフォード大学医学部に所属し、後に救急出身者として初めてMedical ICUに参画。2017年、救急と集中治療を橋渡しする「Emergency Critical Care Program(ECCP)」を創設。同プログラムディレクターとして、既存リソースの最適化により院内死亡率の有意な改善を実現。2024年のAmerican College of Emergency

Medicine National Emergency Medicine Excellence in Bedside Teaching Awardや

2025年のSociety of Critical Care Medicine Patient Safety First! Awardなど多くの賞を受賞。「救急、内科、集中治療のトライアングル」という院内の全身管理を担う中核より院内死亡率の有意な改善を実現。「救急、内科、集中治療のトライアングル」という院内の全身管理を担う中核を舞台にコンパッション、クリティカルシンキング、コラボレーションを重視する教育理念を次世代に伝えている。

 

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