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「理想の医療」を見える化すると?〔1〕-日本の場合

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記事

厚生労働省が掲げる「地域包括ケアシステム」の実現にむけ、今後、各地域が地域の特性に合った医療・介護などの支援を提供することが求められます。では地域に応じた「理想の医療」とはどのようなものなのでしょうか。それを明らかにする日本初の研究が行ったのが、福井大学医学部地域プライマリケア講座講師の井階友貴先生です。研究を行うきっかけや論文発表までの道のりとは。

◆地域医療の現場での違和感

「地域の生活に近い医療を提供したい」と、地域医を目指して福井県にある家庭医療を提供する診療所に赴任して2年。外来では患者中心の医療や家族志向のケアが提供されていましたが、在宅や施設では必ずしも納得のいく医療が提供されてはいませんでした。

最後まで家で過ごしたいと希望する本人の意向を聞かずに、病院への入院を強要する家族。意思疎通困難で寝たきり、胃ろう栄養、何度も肺炎を起こして入退院を繰り返す施設入所中の方に対し「できる医療は何でもすべてやってほしい」と望むものの、面会にはほとんど現れない家族…。このような経験を重ねるごとに、「治癒や回復だけが医療の目的であっていいのか」「そもそも我々は何を目指して医療を提供すべきなのか」「理想の医療とはどのような医療なのか」という疑問がひしひしと湧いてきたのです。また、仕事柄さまざまな地域の状況を耳に挟むにつけ、「1つとして同じ地域がない中、日本全国一律で同じ医療を目指せばよいのか」という疑問も浮かんでいました。

◆理想の医療の先行研究

そこで、この「住民の望む理想の医療とはどのような医療なのか?」「地域ごとに求められる医療は異なるのか?」というクエスチョンに対して、先行文献を調べてみることにしました。医療を評価する量的指標として、患者満足度やQOLなどが提言されていますが、いずれも住民の立場ではなく患者の立場から評価したものでした。それに質的な研究を含めた、住民の立場からの評価であっても、特定の病気や症状に対する医療評価であったり、地域の特性が加味されていなかったりと、疑問は解消されませんでした。

◆初めての質的研究実施

そのため、日々の業務で忙しい中、このクエスチョンを自分で追及していくことにしました―果てしない航海(後悔ともいう(汗))の始まりです・・・(どツボにはまった、とも言います(笑))。本質的な解決には量的研究よりも質的研究が妥当と判断し、全国の都心、地方都市、山村・漁村、離島の4つの特徴的な地域を設定、「あなたにとって理想的な医療とは?」という質問を含むインタビューガイドを用いて、半構造化グループインタビューを実施、逐語録を作成し、理論的飽和までサンプリングと解析を繰り返しました。

井階先生(1)写真1 井階先生(1)写真2
調査中の風景写真

 

親族や知人の先生、社会福祉協議会などにお願いし、各地域の最初の対象者をご紹介いただき、そこからスノーボールサンプリング(紹介制)で対象者を確保、最終的に合計11の地域で105名の住民に対してインタビューを実施しました。解析方法は、グラウンデッド・セオリーの中でも、特に心の声を聞きたいときに向いているとされる、構成主義的グランデッド・セオリーを選択。といっても初めての経験だったので、セミナーや講習会に参加したり、長けた先生に直接教えを乞うたりしながら、悪戦苦闘の末、ようやく出来上がったのが「日本の住民の考える理想の医療とは?―都心、地方都市、山村・漁村、そして離島に亘って」なのです。

 

「日本の住民の考える理想の医療とは?―都心、地方都市、山村・漁村、そして離島に亘って」

Ikai T, Suzuki T, Oshima T, Kanayama H, Kusaka Y, Hayashi H, Terasawa H. What sort of medical care is ideal? Differences in thoughts on medical care among residents of urban and rural/remote Japanese communities. Health Soc Care Community. 2015 Sep 27. doi: 10.1111/hsc.12271. [Epub ahead of print]

 

◆結果からうかがえる日本の地域の特徴

その結果、下記の主要な8概念が存在することが分かりました。

①レベルの高い医療

②不要な医療の除外

③少ない経済的・時間的負担

④いつでも診てもらえる安心

⑤医療関係者への信頼

⑥地域での生活の支援

   ⑦地域に見合った医療

   ⑧医療からの自立

これらと地域との関連を分析したところ、4地域に共通の概念と、地域に特徴的な概念が存在し、理想的な医療像が地域によって異なることが分かりました。①レベルの高い医療、②不要な医療の除外、③少ない経済的・時間的負担、は都市部であるほど特徴的で、⑥地域での生活の支援、⑦地域に見合った医療、⑧医療からの自立は地方であるほど特徴的でした。

研究を実施する前は、勝手に都市部の住民は医療のレベルが高くさえあれば理想的と考えているのではないかと想像していましたが、実際は、④いつでも見てもらえる安心、⑤医療関係者への信頼のような、いわゆる「かかりつけ医」に求めるものについては、4地域に共通して必要であると考えられていました。

以上の結果から、都市部では医療サービス内容の満足をより強く求め、地方では生活を守り存続させる医療をより強く求めるという違いが見られました。これは都市部での①レベルの高い医療などの概念が、地方では⑦地域に見合った医療などに置き換わり、住民同士の支え合いや健康増進を意識・実行し、住民自治を志向していることを示唆しています。これらの地域による違いは、住民が地域の医療事情に適応している結果であると考えられ、社会的資源と健康との関連性に関する先行研究の結果とも矛盾はありませんでした。

詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、本論文は地政学的な観点から日本の地域と理想の医療像との関係を明らかにした初めての報告で、日本で医療に関わる医療者や行政関係者にはぜひとも知っておいてほしい内容と感じています。

 

「理想の医療」を見える化すると?〔2〕-タイの場合

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医師プロフィール

井階 友貴 総合診療医

福井大学医学部地域プライマリケア講座/高浜町国民健康保険和田診療所講師
ハーバード公衆衛生大学院 客員研究員
滋賀医科大学医学部卒、済生会滋賀県病院、「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動で有名な兵庫県立柏原病院を経て、高浜町国民健康保険和田診療所に勤務。2009年からは高浜町の寄附講座「地域プライマリケア講座」助教 兼 同診療所長として勤務、「たかはま地域医療サポーターの会」の立ち上げにかかわる。2012年より同講師。2014年よりハーバード公衆衛生大学院にて地域の絆と健康を醸成する活動を研究。住民、行政、医療者が三位一体となった理想の地域医療を追求し、医学教育、住民啓発に奮闘し、研修生や住民の地域医療に対する意識の変化を促している。

井階 友貴
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