地域で学び、他大学と交流する教育カリキュラム

―現在関わられている弘前大学大学院医学研究科附属地域基盤型医療人材育成センターについて教えてください。

文部科学省公募の「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」に全国11の大学が採択されました。私たちが採択された事業は「多職種連携とDX技術で融合した北東北が創出する地域医療教育コモンズ」で、この事業を実践していくのがこの地域基盤型医療人材育成センターです。私の所属する弘前大学と秋田大学が連携し、弘前学院大学と弘前医療福祉大学が協力校となって、医療者教育を進めています。同センター医学教育で取り組みたいことは、何よりも医学生のうちから地域に出て行き、地域で学んでもらうことです。

―もう少し具体的に教えていただけますか？

地域で学んでもらうことは、これまでも少しずつ進めてきましたが、今まで以上に青森県を中心とした各地域に出て行き、地域での学びをより深めてもらい、大学卒業時点で現場に出るに十分なプロフェッショナリズムを養いたいと考えています。そのためには、地域の現場を肌身で感じながら医療を学ぶことが重要です。そのための教育カリキュラムの構築・実施と、体制構築を進めているのです。

地域の現場で学んでもらうために、これまで大きな課題となっていたのは、教育に時間を割ける人材がいないことでした。もちろん地域の病院の先生方は、診療参加型実習に協力してくださっています。しかし、実習を終えたあとの振り返りにまで時間を割くことは、かなり困難です。人手の少ない中、診療現場を守ってくださっているわけですから。

ところが、学生たちにとって「実習しっぱなし」は最も良くないことです。実習しただけでは、十分な評価がなされず、悪かったところを直すこともできません。現場で経験したことを学生と教員が一緒になって振り返ることで、その経験を十分な学びにつなげられるのです。そこで同センターでは、実習時の指導は一般病院の先生方に協力していただき、その後の振り返りは、私たち大学教員がオンラインで行っていく体制を整備しています。

―学生のうちから「地域で学ぶ」こと以外に、力を入れていることはありますか？

もう1つ力を入れて取り組んでいるのは、他大学との連携です。

私の経験上からも言えますが、人の循環的な移動は非常に重要です。特に若い時にさまざまな場所に行くと、自分たちが今いる環境の良い点・問題点が明らかになりますし、問題解決のアイディアも生まれてきます。

私は過去、アメリカに留学したことで日本の医療の質の高さを知りました。日本の医療は世界に誇れることが、日本の外に出たからこそ分かったのです。また、大学病院から1年間、一般病院に出向したことがありました。出向したからこそ大学病院の長所・短所が明らかになり、改善すべき点を明確にし、改善方法も見出すことができたんです。

大学を卒業し医師として研鑽を積む過程では、海外留学や国内留学、他の病院への出向など循環しながらスキルを高めていきます。私たちは「循環型の医師養成」という言葉を使っていて、このような循環を学部教育にまで下ろし、大学間の学生の交流によって医療人としての成長をより促したいと考えているのです。

また、大学間だけでなく多職種との交流があることも、同センターで実施する教育の目玉です。1年次から看護実習を行うのですが、医学部保健学科看護専攻の学生と一緒に行います。看護専攻2年生2人と医学部医学科1年生2人でグループを組み、病棟で看護実習を行う。学年が違う点でも、良い刺激があると考えています。

あとは東日本大震災以降、弘前大学医学部附属病院は原子力災害の拠点病院になっています。そのため従来から、2年次に独立した科目として被ばく医療学を組み込んでいます。それに加えて、被ばく災害も含めた大規模災害が起こった際、有力な人材になれるよう1年次に防災士の資格も取れるようにしています。

卒業後、一定数が弘前大学に戻ってきますから、その時に地域を多方面から守れる医療人になってほしいと思っています。

病理の道へと背中を押した言葉

―ところで鬼島先生は病理医でもあります。なぜ病理の道を志したのですか？

高校時代に医学研究という分野があることを知りました。医学研究は臨床医よりも地味かもしれませんが、医学の発展には重要だという話を聞き、非常に興味を持ったんです。臨床医のイメージもありましたが、医学研究への興味から医学部への進学を決めました。

そして大学3年次、病理学の授業を受けて「病気そのものを考える学問」に魅了され、病理学研究室に出入りするようになったのです。その研究室には、医師5〜6年目で博士号を取ろうとしている外科や内科の先生方が来ていました。先生方は私に、自分たちの診療分野や研究の話をよくしてくれていました。その時、必ずといっていいほど言われたのが「基礎医学の人材は不足していてとても貴重だから、もし興味があるならぜひ進んだ方がいい」ということでした。

臨床実習が始まると、やはり臨床医学のやりがいも感じて迷った時期もありましたが、どの先生方からも「基礎医学の人材は貴重」と言われたことや「もし基礎医学を経験してから臨床に行きたいというなら、それは喜んで受け入れる」と言ってくださった先生もいらっしゃったので、病理学の門を叩いたのです。

―病理学の道に進まれた鬼島先生。これまでに新潟大学大学院で博士課程を終え、東海大学、弘前大学と移られていますね。

博士課程を終えた時、ちょうど新潟大学のポジションが全部埋まっていたこと、東海大学の教授が若いスタッフを探していたことから、私が東海大学病理学のスタッフとなることが決まりました。

東海大学に移ったのが1988年。5年後の93年から足かけ3年、アメリカ・ロサンゼルスにあるシティ・オブ・ホープ国立研究所へ留学させていただきました。1995年末に帰国し、翌年から1年間、神奈川県内の市立病院に出向をします。そこでの私の命題は、新たに医師臨床研修制度が始まることを受け、臨床研修病院の条件を満たすために病理部門を確立することでした。通常業務と並行して臨床研修病院の規定に合わせたシステム作りに関わらせていただいたのは、私自身にとって非常にいい経験でしたね。

その後、東海大学に戻って6年在籍した後、弘前大学病理学の教授が公募され、推薦してくださる教授が新潟大学と東海大学にいらっしゃったことから応募し、2004年に教授として赴任することになりました。恐らく、長年東海大学で学生教育に携わっていたことを評価していただいたのだと思います。弘前大学に着任してからも学務関係の仕事に携わり続け、現在までの8年間、学生担当の学務委員長を務めています。そして最初に紹介したように、2022年の地域基盤型医療人材育成センターの立ち上げから関わっています。

プロフェッショナリズムを自覚できる医療者教育へ

―地域基盤型医療人材育成センターでの取り組みを通して、実現したいことはどのようなことですか？

繰り返しになりますが、医療人としてのキャリアがスタートするのは国家試験に合格し大学を卒業してからですが、そこにたどり着くまでの間に、可能な限りプロフェッショナリズムを自覚した学生を育成していくことが大きな目標です。

卒業した学生たちは一定の割合で大学に戻ってきてくれます。彼らが学生を見ながら医療現場を担っていくときに存分に医療人としての働きができるよう、学部教育では現場で活躍できるプロフェッショナリズムを持ち合わせた学生を育成していきたいです。それが、さまざまな課題を抱える北海道・東北地方の医療を支えることにつながると考えています。

―若い読者に向けてメッセージをお願いします。

学生たちにとって私は「教員」ですが、私も彼らから多くのことを学び、力をもらっています。教育は大変な部分もありますが、頑張っている学生から、私自身が多くの刺激をもらえるからこそ非常にやりがいがあり、現在まで続けることができています。

医療人という仕事には、終わりがありません。私は、学生たちのおじいさん世代の年齢に近づきつつありますが、若い彼らからのエネルギーをもらえる受容体が自分の中にある限り、頑張って続けていこうと思っています。ですから若い方々には、ぜひこれからの医療の発展のためエネルギッシュにさまざまな経験を積み、刺激を受け、医療人としてそれぞれの道を歩み続けてほしいと思います。

（インタビュー・文／coFFeedoctors編集部）※掲載日：2023年8月1日