タイ奥地のフィールド調査で――途上国の感染症
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熱帯医学の教育、研究で有名なタイのマヒドン大学熱帯医学部のディプロマのコースに入学したのは、2010年のことでした。医師になり8年目、感染症専門医として今後の人生を考えていた私は、元々興味があった熱帯医学を勉強するためにタイに向かいました。
途上国の医療は、専門性をもって医療ができる状況にはありませんでした。医療の前に食事、生活、インフラの整備、教育等、やらなければいけないことが多くあります。
途上国の医療、熱帯医学をより深く学びたいという気持ちでマヒドン大学の博士課程に入り、2014年の4月に卒業。今は、年に9カ月間は内科医として余市で地域医療に携わり、3カ月間はタイで熱帯医学の研究を続けています。
2014年12月に、タイの奥地、山岳地域の村にマヒドン大学のチームでフィールドワークに行きました。地域医療、保健の改善を目的とする王室プロジェクトの一環です。シリントーン王女の現地の訪問にあわせて、地域住民、特に子供たちの健康状態を評価します。
村には宿泊施設がないため、診療所の床に寝袋を持参して泊まりました。電気が使える時間は限られており、電話も通じません。冬の朝は10度を切る寒さでした。隙間風に震え、水のシャワーを浴びる生活は、数日間でもきついものがありましたが、夜見える星や空の美しさは格別でした。
その地域は様々な消化管寄生虫症と有鉤条虫の流行地です。村々をまわると約500人の便の検査で5人の有鉤条虫の感染者が見つかり、薬で治療しました。有鉤条虫はブタとヒトで感染が成立しています。ヒトの腸内にサナダムシが生息し、排便時に虫卵を含んだ虫体を排泄します。それをブタが食べると、ブタの胃の中で卵がかえり、幼虫は腸の壁を突き破り、血流に乗って全身に広がります。感染したブタ肉を食べるとヒトに感染しますが、火が通っていれば安全です。
有鉤条虫の幼虫は特に脳に感染すると痙攣や意識障害を起こすので注意が必要です。タイの北部はラーブという香辛料を使ったひき肉の料理を作る際に、生の豚肉を使う文化があります。感染率が高い村を回ると、多くのブタが自由に村中を走り回っていました。子だくさんの村で、女の子が大きくなると結婚の準備にブタ肉が必要となるようです。その村では家にトイレがないことが多く、村人は外でトイレをするとのこと。感染率の高さはそれが原因でした。途上国の地域では、疾患は文化や習慣と大きく結びついています。
他にも様々なフィールドに行きました。1000匹の犬、500匹の猫がいるお寺もありました。タイでは宗教観から飼い主は捨て犬、猫を処分せず、お寺に捨てていきます。お寺はボランティアを雇い、犬、猫のお世話をしています。
ミャンマーとタイの国境沿いには山と森があります。国立公園の中に入り、レンジャーと共に野生動物、家畜の跡を追いかけました。タイのロッブリ―という街では、サルとヒトが一緒に暮らしています。サルとヒトは体の仕組みが似ており、共通の病気を多く持っています。
私たちは、色々なフィールドでヒトや様々な動物の便を集め、遺伝的な評価、系統樹の評価をしました。微生物はヒト、動物、環境中と伝播しながら生き残る工夫をしています。地域、微生物、ヒト、動物の評価を通して様々なものを浮き上がらせることができ、フィールドの調査を通して、より深い地域診断が可能になるのです。
医師プロフィール
森 博威(もり ひろたけ) 内科
2002年地域医療を経て、タイのマヒドン大学に留学した。ディプロマ、博士課程を終了後、現在マヒドン大学熱帯医学部で非常勤講師として研究を続けている。同時に内科医として余市で地域医療に携わり、北海道とタイを行き来している。途上国志向のある医療従事者を支援する活動として2014年に余市病院に地域医療国際支援センターを立ち上げた。様々な情報が集まり、人が繋がる場作りとして2015年に「とちノきネットワーク」を発足した。2015年7月26日に「とちノきセミナー」を開催する。
【とちノきネットワーク】