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胎児を患者として診る「胎児診療」を普及させる

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医師12年目の林伸彦先生は、胎児を患者さんとして診る「胎児診療」を日本で浸透させるため、挑戦を続けています。「日本で胎児診療に取り組むには、たくさんの課題があった」と言う林先生。10年以上かけて、それらの課題にどのように向き合い、取り組みを進めてきたのでしょうか――?

◆胎児を「患者さん」として診る

―現在どのような取り組みをされているのですか?

2021年9月に開院した「FMF胎児クリニック東京ベイ幕張」での胎児健診が、現在の中心的な取り組みです。胎児を患者さんとして扱い、順調に育っているのか、何か病気がないかを1時間ほどかけて診察し、もし病気があれば適切な治療時期や方法を伝えています。

もし胎児期に治療できる病気が見つかった場合は、国内の胎児治療施設へつないだり、国内で治療できない場合には、海外の医療機関へ紹介したりしています。開院して半年あまりのうちに、イギリスへ紹介したケースもあります。その際は、オンラインで胎児治療に同席し、できるだけ受診者の不安が軽くなるよう工夫しました。

もちろん一連の診療の前には、必ず妊婦さんのカウンセリングを行っています。胎児のことをどこまで知りたいのか妊婦さんの気持ちを整理したり、どうして不安に感じるのかを理解し、「診療だけして終わり」という形にならないようにしています。

胎児健診では、妊娠12週の時点で指の欠損や心臓病の有無などはおよそ分かりますし、胎児のうちに治療できる病気も多くあります。そういった病気を見つけて適切な時期の適切な治療へとつなげることができ、反対に、もし病気がなければ「健康に育っていて良かった」と妊婦さんの安心感につなげられるのが私たちの取り組みだと考えています。

―日本ではまだ胎児診療が浸透していません。その中で胎児診療に取り組むにあたり、課題になっていることはどのようなことですか?

私が胎児診療に取り組もうと決めたのが約10年前。その頃から、課題はたくさんあります。そして、それらの課題の全てに同時進行で取り組まなければ、日本での胎児診療の普及が進みません。

例えば、胎児診療をするためのインフラが整っていなければ、そもそも社会的な認知もありません。診断に必要な医療機器が薬事承認されていないですし、病気が診断された後の治療も限定的で、かつ自費です。また致死的な病気が見つかった場合に、グリーフケアを目的とした妊娠中断は、日本では認められていませんし、胎児に病気が見つかったとき、妊婦さんやパートナーの方をサポートする体制も整っていません。胎児の成長や心拍を確認する妊婦健診のエコー検査を、胎児の健康診断だと誤解している妊婦さんも少なくありません。

胎児診療は違法ではありませんが、実施するための環境が整ってなさすぎることが最大の課題です。

―そのような状況の中でも、胎児診療に取り組もうという意志は揺らがなかったのですか?

日本で胎児診療を行うことは、自分の中で揺るぎませんでしたね。どのようにしたら日本で胎児診療を行えるか考え、当初は大きい病院の中でできればと構想していました。ところが、海外で胎児診療のトレーニングを積んで帰国された先生方に話を伺うと「胎児治療を行う体制はできたけど、治療症例が集まらない」と口を揃えて仰っていたのです。日本の出生数から考えると、胎児治療適応の疾患は年間数百件ほどはあるはずなのですが、いずれも診断されないと治療に結びつきません。

この現状を踏まえて、まずは胎児診断率を上げること、治療症例がきちんと見つかるインフラを整備すること、そして胎児診断ができる環境整備のためにクリニックを開設することを、当面10年程度の目標に据えました。それが、医師2年目の頃です。

ただ、胎児診断で病気が見つかったときのサポート体制がないままにで胎児健診を始めると、ただ不安になってしまったり、十分なサポートがないままに中絶する方が増えるなどの懸念があり、社会的な問題にもなると考えました。そこでクリニックよりも先に、胎児の病気が見つかった後のサポート体制を整えるため、2015年に「NPO法人親子の未来を支える会」を立ち上げたのです。

出生前検査前後のご家族が、無料で相談できるオンラインピアサポート「ゆりかご」や、胎児に病気が見つかった妊婦さんやご家族が、助産師や看護師、遺伝カウンセラーや心理カウンセラーに相談できる「胎児ホットライン」などを開設してきました。

同時に私自身は、イギリスで胎児診療のトレーニングを受け、2019年に帰国。千葉市内の病院で胎児健診(精密超音波検査)を行う外来を開設し、2021年9月にクリニックを開院しました。

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医師プロフィール

林 伸彦 産婦人科医

東京大学理学部を卒業後、学士編入で千葉大学医学部へ入学。2011年同大学を卒業、附属病院などでの産婦人科研修を経て、2016年より3年間、英国FetalMedicineFoundationで胎児医療臨床研修を受ける。2019年に帰国。千葉市立青葉病院での勤務を経て、2021年「FMF胎児クリニック東京ベイ幕張」を開業。同時にNPO法人親子の未来を支える会、一般社団法人FMFJapanも運営している。

林 伸彦
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