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医療機関を、患者も医療者も安心して過ごせる場所に

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記事

家庭医療専門医の金弘子先生は、2020年10月に医療従事者をはじめ、LGBTQsなど性的少数者を巡る問題に関心を持つ人たちと共に「だれもが安心して過ごせる医療機関の実装プロジェクト」を立ち上げました。性的少数者への対応例をまとめた「実装支援ツール」を作成し、プロジェクトメンバーそれぞれが、医療現場で実践を始めています。また、2021年に開催された日本プライマリ・ケア連合学会の学術大会では、その活動が評価され、学術大会長賞も受賞しました。プロジェクトを立ち上げた経緯や現在の活動状況、金先生が考える医療機関のあり方などを伺いました。

◆性的少数者に配慮した医療機関の先にあるもの

―「だれもが安心して過ごせる医療機関の実装プロジェクト」とは、どのような取り組みですか?

患者さんが安心して受診でき、医療従事者である私たちも安心して医療を提供できる医療機関にしていくための取り組みです。

医療機関には、さまざまな人がさまざまな目的で来られます。治療、健康診断、予防接種など――。患者さんだけでなく、医療を提供する私たちも含め、医療機関に関わる全ての人をまるっと受け入れ包み込むような病院や診療所にしていきたいという思いから「まるっとインクルーシブ病院プロジェクト(まるクル)」と名付けました。

現在は性的少数者に配慮した医療機関を目指し、現場で性的少数者への対応時に活用できる「実装支援ツール」を作成し、プロジェクトメンバーそれぞれが、医療の現場で実践を始めています。また、希望する医療機関に研修を提供できる準備ができてきました。

なぜ性的少数者なのかというと、福岡県飯塚市の頴田病院で勤務していた時に、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が流行していく中、性的少数者を自認するである友人が病院に行きづらい状況にあることを知ったからです。もともと性的少数者は、保険証に記載されている名前と見た目の性別が一致しないためにどんな対応をされるのか不安に思っていたり、自認する性別と異なる性別を問診で答えることに苦痛を感じていたり「病院に行くこと」自体に不安を抱えています。

さらにコロナ禍で疫学的観点から「どこで誰といたのか」を詳細に聞かれるようになったことで、受診すれば第三者にセクシュアリティ(性自認や性的指向)が伝わってしまうのではないか、と強い不安を抱くようになりました。「コロナにかかっても病院には行かない」と平然と話す友人たちに対して、医師として何かできないかと思ったんです。5カ月間にわたるオンライン学習会を経て、2020年10月にプロジェクトをスタートさせました。

―作成した実装支援ツールについて教えてください。

医療現場で想定されるやり取りを踏まえ、性的少数者への対応例をまとめたものです。①場面別対応例(初診受付・外来編)②ジェンダーニュートラルな対応(性別や性役割にとらわれない中立的な対応)③SOGI(性的指向と性自認)に配慮した本人以外への病状説明④医療現場で患者本人からカミングアウトを受けた時の対応⑤アウティング(本人の意思に反してセクシュアリティを第三者に伝える行為)の危険性と予防の5つのトピックに分かれています。トピックごとにA4用紙の両面に印刷したものをラミネートして、現場ですぐに使えるようにしています。

例えば、本人確認や保険証の確認を行う場合、好ましい例として「プライバシー配慮しながら、本人確認を行う」「ほかの人に聞こえることがないよう筆談や声の大きさを調整して、やりとりする」としています。また、避けたい例として「周囲に聞こえる声で『ご本人ですか』と聞く」を挙げました。

◆個人で取り組み、少しずつ周囲に広げていく

―どのような過程を経て、実装支援ツールを作ったのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

先程お話した通り、医師として何かできることはないかと思ったものの、何から進めればいいのかは手探りでした。というのも性差について学ぶ機会は多いですが、セクシュアリティやジェンダーについて学ぶ機会はほとんどありませんでした。

そこでまずは学びたいと思い、オンライン学習会で、同性愛者やトランスジェンダーであることをオープンにして活動をしている方や性的少数者に配慮した取り組みを行っている医療従事者などを講師に招き、現状を知ることから始めました。周囲への声掛けやSNSでの告知を通して、2020年4月から9月まで計5回開催した学習会には約80人が参加しました。

その後、学んでいるだけでは状況は変わらないと思い、3カ月を1期とするプロジェクト形式(まるクル)に変更して、学習会で学んだことをどのように現場に生かしていくかを考えました。学習会の参加者を中心に、性的少数者や医療機関で働く人など、さまざまな社会的背景や経験をもつメンバーが各期20人前後で活動しています。

学習会を通して知識は増えても、個人レベルでの実践は難しいと感じる面も多々ありました。多忙な臨床現場で実践する余裕がなかったり、自分は配慮した言動を取ったつもりでも、相手を傷つけてしまうのではないかと不安に思ったり――。そこで「これなら自分でもできそう」と思えて、それぞれの現場で具体的な行動に移せるものを作ろうと考えました。

その成果物の1つが「実装支援ツール」です。性的少数者に関するアンケート調査や報告書にも目を通し、ツールを使う医療従事者や、病院で対応を受ける性的少数者のことを想像しながら、何をどこまで書くのか、この言葉は適切なのかなど、1つ1つの言葉を吟味して4期目の2021年9月に完成させました。まずは個人で始めて、少しずつ現場に広めていくようなイメージで進めています。私も、同僚の医師たちにツールを紹介することから始めました。

―日本プライマリ・ケア連合学会の学術大会で受賞もされました。活動を広めていく上で後押しになったのではないでしょうか?

学術大会では、プロジェクトの活動について発表しました。大会のテーマである「プライマリ・ケア×ダイバーシティ(多様性)」に即した取り組みとして評価されたのだと思います。いただいた副賞で、オリジナルのピンバッチを作り、プロジェクトに関わってくれた人たちに配りました。性的少数者のシンボルである六色の虹をリボンのような形にして、支援者であることをさりげなく示すバッチです。「ネームカードやカバンに付けています」という声も届いています。

さらに嬉しかったのは、学会主催の「生涯教育セミナー」で、実装支援ツールを用いた対面式のワークショップを行えたことです。参加者とのディスカッションなどを通し、医療機関としてのあり方を改めて考えることができました。その学びをもとにツールを大幅改定し「現場で使ってみたい」と声を掛けてくださった方々の元に届けられるよう、準備しています。今後は医療機関単位で導入してもらえるような取り組みも行っていきたいと考えています。

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医師プロフィール

金 弘子(きむ ほんぢや) 家庭医

鳥取大学医学部 社会医学講座 環境予防医学分野 特命助教
2011年鳥取大学医学部卒業。飯塚病院(福岡県飯塚市)での後期研修を経て同院総合診療科に入職。主に関連病院である頴田病院で外来・病棟・訪問診療に携わり、2021年4月から飯塚病院で、総合診療科と小児科の外来診療に従事。2022年10月から現職。

金 弘子(きむ ほんぢや)
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