筑波大学附属病院の泌尿器科医である池田篤史先生は、大学発スタートアップを立ち上げ、膀胱内視鏡AIの研究開発を進めています。さらに大学や分野の垣根を超え、臨床医だからこその課題感やアイデアを自由に共有できる場をつくりたいと語る池田先生。どのような想いから、膀胱鏡内視鏡AIの開発や、情報共有の場づくりへと至ったのでしょうか？

◆垣根を超えて自由に意見交換ができる場を

―現在の活動について教えてください。

筑波大学附属病院に所属し泌尿器科臨床医として勤務する傍ら、2016年から産業技術総合研究所人工知能研究センターと共同研究を進め、膀胱内視鏡検査支援AIシステムを開発しました。さらに研究成果の社会実装を目指して、2017年にはVesicA Intelligenceという名前のチームを設立、その後Vesica AIという大学発のスタートアップを立ち上げました。まずはアメリカ食品医薬品局（FDA）認証を取得できる体制を整えつつ、並行して日本の独立行政法人医薬品医療機器総合機構（PMDA）の承認を得たいと考えています。現在は、日本とアメリカで効率よく活動するにあたって必要な資金も集め始めています。

また学会を通してコミュニティ形成をしたいと考えています。2023年11月に開催された日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会総会では、新技術検討委員として、私が取り組んでいるような医工学に興味のある医師たちに公募で集まっていただきました。約2時間のワークショップを開催し、グループワークを通して、日頃考えているアイデアを出し合い発表してもらう機会をつくりました。

―膀胱内視鏡AIに取り組んだ背景と、スタートアップ立ち上げに至るまでの経緯を教えてください。

膀胱内視鏡検査は膀胱がん診療において一般的なものですが、実際にはその操作方法を医師が一から学ぶ機会は少なく、私自身も多くの症例を経験する中で技術を習得してきました。そのため検査結果やその精確さには、医師の経験値が大きく影響します。研修医の頃からこのことに課題感を持っていました。

また多くの場合、無麻酔でカメラを患者の局部に挿入するため、患者さんにとっては負担も大きく、短時間で検査が行えることが望ましいと考えていました。膀胱内視鏡にAIを活用することで、短時間で効率的な検査を実現するとともに、見落としを減らし膀胱がんの診断・治療の質の向上ができないかと考えるようになったのです。

そんな中、大学の近くにある産業技術総合研究所人工知能研究センターへ送った「一緒に研究しませんか？」というメールをきっかけに、共同で膀胱内視鏡AIの開発に取り組むことになりました。ある程度研究成果が出てきたところで、社会実装のために自分たちでVesica AIという会社を米国法人としてカリフォルニア州のサンディエゴに設立。アメリカでスタートアップを立ち上げた理由は、日本国内の市場だけでは社会実装が成り立たず、泌尿器科医として実際に使用することは難しいと考えたからです。

大学での研究成果の場合、大手企業に技術を買い取ってもらい社会実装できればある意味理想的ですが、対象とする市場規模が小さかったり、必要性がまだ十分に理解されていなかったりすると、買い手がつかないことの方が多いようです。私たちが対象とした膀胱内視鏡検査は、国内で年間70万件ほど実施されています。その一方で、上部消化管内視鏡検査は保険診療だけでも年間1200万件は行われています。さらに人間ドックなど検診でも使用されているので、実施件数に20倍以上ほどの市場規模の違いがあります。日本ではすでに消化器内視鏡AIのTVCMが流れるなど身近なものになってきていますが、膀胱内視鏡AIがまだまだなのは、このためでもあります。

アメリカでは、膀胱内視鏡検査は年間200万件以上ほど行われているようですが、検査の価格は昨今の円安もあって日本の約10倍。一般的に医療機器の市場は北米で世界シェア40％と言われているので、最初からアメリカの市場で広めた方が、結果的に日本国内の臨床への浸透が早いだろうと考えたのです。

―コミュニティ形成では、どのようなことに取り組みたいと考えているのですか？

臨床現場の課題を最も間近で見つけられるのは臨床医です。現場で働いているからこそ、課題が見つかり「こうすればさらに良くなるのでは？」とアイデアが浮かんできます。ところが、そのアイデアをどうすればいいのか分からないために、課題解決に向けた行動を起こす方はそこまで多くないのではないでしょうか。

私は基本的に泌尿器科領域で活動してきましたが、これまで自らが感じた臨床課題を他の医師と自由に意見交換できる場がないと感じていました。また、他の大学や研究機関との横断的な研究も身近なものではありませんでした。そこで所属や専門分野で区別せず、同じように何らかの課題感や興味を持つ方たちが自由につながる場があれば、新たにアイデアが生まれ、新しい取り組みも始まるかもしれないと考えたのです。

そのような場があれば、課題解決に向けた行動をしている方同士で相談もできますし、資金がつくと研究が始まる可能性もあります。医師目線でより良い医療の追求ができれば、結果として患者さんのためにもなり、さまざまな方面に対して良い影響を与えられると考えています。まずは泌尿器科の学会での取り組みですが、今後は医師以外のコミュニティにも広げ、仲間を増やしていけたらと考えています。私の取り組みが1つのモデルケースとなり、他の方に「自分にもできるかも」と思っていただけると嬉しいですね。

◆日本南極地域観測隊越冬隊への挑戦から膀胱内視鏡AIの開発へ

―これまでのキャリアを教えてください。

常に学び続けながら生涯患者さんを直接治療し役に立てることに魅力を感じ、医師を志しました。泌尿器科を専門に決めたのは初期研修での経験からです。それまで泌尿器科の患者層は成人男性というイメージがありましたが、実際に関わってみると良性疾患から悪性疾患、子どもから大人、ウロギネと言われる女性泌尿器科の領域、さらに生殖領域にまで、まさに生から死まで幅広く携わっていることが分かりました。また当時から泌尿器科医はそれほど多くなく、研究がなされていない領域が残っていると感じたことも、泌尿器科医の道を進むことを決めた理由かもしれません。

―後期研修修了後、大学院に入学されていますね。

泌尿器科医としての後期研修が終わりに近づき、その後のキャリアについて真剣に考えるようになりました。ずっと臨床で研鑽を積んできたので、研究など違う分野にも挑戦してみたいと思うようになったのですが、新たに取り組むのであれば自分が興味を持てること、そして他の人がまだ手を出していない分野に挑戦できたらと考えていました。

そんな折、国立極地研究所に勤務していた出身高校の先輩が以前、日本南極地域観測隊（越冬隊）に参加する医師のなり手が少ないので応募してみないか、と話していたのを思い出しました。越冬隊医師になるために医局を離れることを考えたのですが、お世話になっていた教授から「大学院に入学して研究テーマを見つけ、そのデータを持って南極に行くのはどうか。そうすれば南極にいながらにして論文執筆が可能でキャリアを継続できるのでは」と提案してくれたのです。その言葉に後押しされ、後期研修修了後に大学院へ進学することを決めました。

―その後、南極を訪れたのでしょうか？

思い切って越冬隊医師に応募しましたが、残念ながら1回目も2回目も不採用でした。そして3回目のチャレンジでは、極地研究所の方々との飲み会で急性膵炎になるという失態を犯してしまい、結局南極へ行くタイミングを逃してしまうことになりました。

ただ、このおかげである意味有名になり、越冬隊の方たちとのつながりができました。越冬隊員の排尿についてのデータを取らせていただいて論文にまとめたり、第1次から第56次日本南極地域観測隊越冬隊の医療データをまとめて論文発表する機会もいただきました。この論文では、日本宇宙航空環境医学会の学会賞をいただくこともできました。この縁もあって、2024年4月頃出版予定の「極地」という雑誌にも記事を執筆させていただいています。機会があればまた越冬隊医師に挑戦したいですね。

―ところで、大学院在学中に排尿日誌アプリを開発されていますね。もともとデジタル技術を活用した医療に関心があったのですか？

最初からデジタル技術を活用しようと考えていたわけではありません。振り返ると、偶然が積み重なって開発に至ったのだと感じています。結局、大学院入学後に南極へ行けず、やりきれない思いを抱えていて、当時の自分が取り組めるものに注ぐことにしました。そこで、今お話しした越冬隊員の排尿についての研究に取り組むことに。研究過程では膨大な量の排尿記録の解析が必要で、1つ1つ手作業で行うのはとても手間がかかる作業だったのです。そこから着想を得て、排尿の記録をつけられる排尿日誌アプリの開発に至りました。

ただしこのアプリを広めることはできませんでした。開発した2013年当時、60歳以上の方のスマートフォン普及率は約2〜3割で、このアプリを使用してほしい年代の方はほとんどスマートフォンを持っていなかったのです。マーケット調査不足に加え、商業化までのプロセスも全く知らなかったため実用化には至りませんでした。ただこの時からデジタル技術を医療にも活用できたら、という思いを持ち続けていて、それが形を変えて膀胱内視鏡AIの開発につながっていきましたね。

◆考えるだけでなく行動する人でいたい

―今後どのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか？

現在取り組んでいるものは、どれも始まったばかりです。完璧に作り込んだ計画に沿って進めているわけではないので、走りながらどう進むか考えている状況です。だからこそ、どのような状況にも柔軟に対応できるようにしながら進み続けたいですね。

また、私の全ての活動は臨床と直結しています。現在取り組んでいることも、臨床にいるからこそ湧いてきた課題感が起点になっています。どのような取り組みをしていても、臨床という軸足は必ず残し続けたいと思っています。

―後進へのメッセージをお願いします。

先ほども話した通り、臨床をしていて湧いてきた課題感を抱えている人や解決のアイデアを持っている人は多いと思いますが、行動に移している人はあまりいないでしょう。何事も考えているだけでは始まりません。まずは、失敗を恐れずに何かしら行動してみること。安全圏にいれば失敗せずに済みます。しかしそうではなく、新しいことにチャレンジして何度でも失敗してみる。それを乗り越えていくことで失敗は失敗でなくっていきますし、行動した結果が何らかの形でついてくると私は思っています。

気になることや課題に感じること、興味があることがあれば、まずは口に出してみるとよいと思います。私の場合は誰かに「やりたい」と話すことで自分を動かざるをえなくしています。本気で相談すると大抵の人はポジティブな反応をくださると思いますし、応援してくださる方も現れると思います。これは自分にも言い聞かせていることではありますが、考えているだけでなく行動する人でありましょう。

（インタビュー・文／coFFeedoctors編集部）※掲載日：2024年4月11日