岡山大学で、文部科学省ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業「山里海医学共育プロジェクト」に携わり、4大学と共創して地域医療人材の育成に取り組んでいる香田将英先生。そんな香田先生は公衆衛生、精神科、医学教育と多岐にわたる分野で活動されていますが「軸にあるものは、学生の頃から一貫している」と話します。現在の取り組みにかける思いや、キャリア形成における考え方を伺いました。
◆4大学で地域医療を担う学生を育てる
—現在の取り組みを教えてください。
2023年1月から岡山大学に所属し、文部科学省のポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業の1つ「多様な山・里・海を巡り個別最適に学ぶ『多地域共創型』医学教育拠点の構築」(通称、山里海医学共育プロジェクト)の専任教員を務めています。このプロジェクトは、令和4年度から始まった7年間の事業で、岡山大学、島根大学、香川大学、鳥取大学の医学部が連携し、将来の地域医療に求められる人材の育成を目的としています。また、岡山大学医学部の教員として講義やさまざまな教育系の委員会にも携わっています。
—香田先生は山里海医学共育プロジェクトにおいて、どのような役割を担っているのですか?
私は主に、事業を円滑に推進するための事務局的な役割です。各大学の強みを生かしながらプログラムを作り、4大学で共有できるようにしていこうという趣旨ですが、各大学の事情や背景が異なるため、実施していくには調整が必要です。各大学の意見を汲み取りながら統合してプロジェクトを遂行していくことは大事なプロセスだと感じています。決まったことをこなすだけでなく、みんなで意見を出し合いながら新しいものを作り上げていく。ここに、魅力を感じています。
—山里海医学共育プロジェクトの具体的な内容について教えてください。
岡山大は公衆衛生・先進医療・初期診断・緩和ケア、島根大は総合診療、香川大は離島医療・遠隔医療、鳥取大は災害医療・感染症医療に力を入れて取り組んでいます。今年度は4大学で実習協力に関する協定書を作成しました。それぞれの大学の強みを活かしたモデルコースを設定して、大学の垣根を越えて実習に臨んでもらえるように準備しています。山陰から山陽、瀬戸内海という「学びのベルト」で、学生が自分自身にあったフィールドで医療を学び、一人ひとりが理想の医師像を膨らませて光り輝いてもらいたいですね。
また、昨今発展が目まぐるしい生成AIの技術をうまく活用すれば、地域医療教育もその恩恵が受けられると考えています。例えば現在は、学生がいつでもどこでも医療面接のシミュレーションができるようなシステムを開発しています。医師国家試験の過去問を題材に、「この問題文が、実際の医療現場だったらどのような診察場面になるか」を生成AIのサポートを借りながら医療面接シミュレーションの原稿を作成し、音声生成AI、画像生成AIも駆使してポッドキャスト動画にして随時公開しています。
さらに生成AIの技術を使い、プライマリ・ケアの概念や患者中心の医療の方法など地域医療に必要な知識などを解説するYouTubeチャンネルも開設しました。
そして、大学だけではなく自治体との関わりも持っており、岡山県庁の医療推進課や地域医療支援センターの会議に定期的に参加してます。地域の課題を共有しながらコラボレーションして、課題解決するために教育にどう組み込むかという視点を得ることができるからです。課題解決のための新しい解決策を教育の現場に反映することで、社会を少しずつ良くすることができたら面白いなと考えています。
—プログラムの最終的な目標はどこにあるのでしょうか?
最終的には、地域の医師偏在に関する問題が解決されることを目標としています。そのためには、学生のうちからさまざまな地域に触れる機会を増やし、医療だけでなく地域の歴史や文化を知り、その地域に愛着をもってもらうことが重要だと考えています。
また、地域枠や一般枠に関わらず、全学教育の中で地域医療に魅力を感じてもらえる教育が必要だと考えています。この事業を経て将来的に地域医療に志を持ち、地域医療に貢献する学生が増えることが、1つの大切なアウトプット指標です。
ただ、最も大切なのは、学生たちが自分に合った地域で学ぶこと。山、里、海と、さまざまな地域に触れながら6年間、それぞれが個別最適な形で地域医療について学んでほしいと思います。また、他大学の学生との交流が生まれることで、いい刺激にもなると思います。
この4大学を起点として持続可能な地域医療の発展に貢献できるモデルができれば、全国に広めることもできると考えています。
◆全ての活動が今につながる
—熊本大学医学部を卒業後、初期研修を受けながら大学院で公衆衛生も学んだそうですね。
私は学生の頃から地域医療に興味があり、中でもアカデミア領域で活動したいと考えていました。地域で学び続ける力を待つためにも、学術的な視点と、教育的な視点が必要だと思ったからです。
また「病気の上流」という考えがあります。これは病気の原因になっている病気の上流に対策をとらないと、地域住民がどんどん病気となって下流に流れていってしまうという予防医学的なキーワードです。この上流に対してアプローチして地域全体の健康を底上げできる視点を持ちたいと思い、公衆衛生の分野に興味を持つようになりました。
そこで、臨床研修と並行して大学院で研究にも従事できる熊本大学大学院医学教育部の柴三郎プログラムを履修することにしました。初期研修を受けながら、大学院の公衆衛生学講座で博士課程をスタートしました。
—その後、なぜ精神科へと進んだのですか?
初期研修修了後、大学院博士課程修了まで残り2年という頃に熊本地震が起きました。その後、震度7を観測した益城町に入り、日本プライマリ・ケア連合学会支援チームとして、そして地元の大学の支援者として支援活動を行いました。そこでは、「支援者支援」というキーワードを知り、特に行政支援として私は産業医のサポートをしていました。
もともと精神科と非精神科医の橋渡しとしての活動には興味があったのですが、熊本地震の支援活動で、よりメンタルヘルス領域を更に力を入れて学びたいと思うようになりました。そこで精神科への転向を考え、様々な御縁もいただき、博士課程修了後は宮崎大学の精神科に所属し、専門医・指導医を取得しました。
—現在のポジションに就任された経緯を教えてください。
縁あって2022年、宮崎大学から九州大学キャンパスライフ・健康支援センターの健康科学部門の精神科担当に赴任し、産業医・学校医としてメンタルヘルス・ケアに関わっていました。その後、ひょんなきっかけで、たまたま岡山市内を訪れ、岡山の芸術家の作品をキュレーションしているギャラリーを訪れることがありました。そのときに、偶然にも岡山大学の医学部長もいらしていて、ギャラリーのオーナーを介してご挨拶するという出来事があり、それが現在のポジションに赴任するきっかけとなりました。
山里海医学共育プログラムの土台には、ポストコロナ時代に求められるさまざまな能力やスキルを医学教育に組み込んでいくことが重要だという考え方があります。コロナ禍で大学教育はオンライン講義なども取り入れられ状況は大きく変化しました。さらに、少子高齢化の人口構造の変化は年々進んでいます。
このようなポストコロナの時代、感染症対策や南海トラフ地震も想定した災害医療の枠組み、公衆衛生の視点、総合診療の必要性など、幅広い課題に対応しなければなりません。私はこれまでのキャリアで多くの分野を経験し、それぞれの分野の共通言語を持っていたことから、このプロジェクトにお役に立てるのではないかと思い、現在のポジションに興味を持ちました。
今の時代に求められるものを見出し、作り上げていくこと、隣県の自治体・大学と連携しながら架け橋となるディレクターのような、これまでにないチャレンジングな立場に魅力を感じています。
◆自分の軸を持ち、つながりを広げていく
—今後のキャリアの展望は、どのようにお考えですか?
山里海医学共育プロジェクトは7年間のプロジェクトなので、そこで一区切りつきます。その先も地域医療、教育、アカデミアを軸にして進んでいくつもりですし、その軸の先に見据えているのは、地域住民の心身含めた「健やかさ」の向上です。自分の中にある軸を大事にしながら、その時々のご縁や興味関心に従って、次のステップに進んでいきたいと思います。
—これまで、さまざまな分野や場所でキャリアを積まれてきましたが、キャリア選択で意識していることを教えてください。
私は学生の頃から、自分の軸や興味に関係のありそうな勉強会やセミナーには、積極的に参加してきました。その都度、新しい発見があり、人とのつながりも増えていき、そこから自分の関心が網目のようにつながり、広がっていきました。例えば学生のときは医学の勉強だけでなく商店街の読書会に参加したりしていましたし、初期研修医の頃は研修先の地域の青年会議所に所属し、まちづくりにも関わっていました。
現在は本務を行いつつ、石破内閣総理大臣が所信表明演説に際して触れられたスフィア基準といった災害支援のトレーナーや、精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(通称:「にも包括」)の関連プロジェクト心のサポーター養成事業の講師として活動もしています。その他にも、日本プライマリ・ケア連合学会、日本若手精神科医の会の理事としての活動もしています。さまざまなことに取り組み、しっかりと根を張っていけるようにしたいです。
キャリア選択で意識しているのは、興味のあることから自分で大事にしたい軸を見つけ、その軸を中心に活動し続けることです。その軸に関連することは常にアンテナを張っています。自分の力が最大限貢献できそうなチャンスがきたときに、キャリアを飛び乗る勇気も必要だと思っています。
—最後に、若手医師にメッセージをお願いします。
まずは小さな勇気、「箱」を出る勇気を持つことです。誰しも、知らないうちに選択肢を狭めてしまっていることがあるかと思います。興味を持ったことは調べてみて、一歩踏み出してみる。小さな山でも一度登ってみると、違う景色が見えるもの。そこから、新しい視点や関心が見つかるかもしれません。
そして、自分の軸を持ちつつ、いくつか将来の選択肢を持つといいと思います。1つに固執してしまうと、うまくいかなかった時に挫折してしまうかもしれません。そうではなく、関心のある軸の周りにはいくつもの選択肢があります。何か1つがうまくいかなくても別の道があるという考え方を持つといいのではないでしょうか。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2024年12月10日