臨床・行政・研究の立場を活かした次なるステップとは
記事
◆バランスよく臨床医・行政官・研究者
―最初にこれまでのキャリアを教えていただけますか?
私は第一線でバリバリと活躍できる臨床医になろうと、研修プログラムが充実していた札幌市の手稲渓仁会病院での研修を受けることに決めました。
ところが、いざ研修を始めてみると、医療現場に圧倒されてしまったのです。次々と来る患者さんに、医師も看護師も忙しなく対応し続ける。激務で混沌としていて、殺伐とした急性期病院の現状を知り、このような状況を何か仕組みで抜本的に変えることができないのか、と考えるようになったのです。
当初はキャリアとして公衆衛生の研究に携わることを考えていました。しかし、医系技官になっていた大学の先輩から「自分で制度設計して医療現場を大きく変えることは、とてもやりがいがある」と話を聞き、行政官としてこの混沌とした医療現場を少しでも良い方向にもっていきたいと思い、医系技官になりました。
―厚生労働省ではどのような仕事に携わったのですか?
私が入省した時、ちょうど「リハビリ難民」と呼ばれる方が社会問題化した時期でした。診療報酬改定で、リハビリを一定期間しかできないというルールを設定したことにより、リハビリが受けられなくなったと訴える方々が多くのメディアに取り上げられていました。
私の最初の仕事は、これらの患者さんの陳情を受けることから始まりました。これはハードな仕事だと思いましたが、逆に厚労省の仕事一つで、こんなにも大きな影響を医療現場にもたらしてしまうのだということを、身をもって感じました。その後私は、そのままリハビリの担当になり、問題となった制度の変更に携わりました。すると制度を変更してまもなく、この件に関する陳情やご意見の電話が止んだのです。再び、制度の力の大きさを目の当たりにしました。
しかしながら医系技官を続けるにつれ、臨床現場に携わっていないことに対してモヤモヤとした気持ちが強まってきました。医師としてきちんと患者さんに向き合う前に行政官になってしまったので、何となく自分としては納得していない気持ちがあったのです。そこで、もう一度臨床現場に戻ることを決意しました。
岐阜県にある松波総合病院の総合内科で、再び臨床医に戻りました。地域の中核病院で多くの素晴らしい指導医に出会い、臨床医として独り立ちするためのトレーニングを受けました。改めて次々と来る患者さんに対応していくわけですが、この時は患者さんの治療を主治医として責任を持って関わることでスキルがつくと同時に、自信にもつながっていきました。
―再び臨床現場に戻った佐方先生。戻ってみてどんなことを感じましたか?
研修医時代とはまた違った課題が見えるようになりました。特に患者さんの社会的背景や高齢者における医療の在り方などを考えるようになりました。例えば、何度も誤嚥性肺炎で搬送されるうちにADLが低下して、元の自宅には戻れず社会的入院が続く患者さんや、どこまで治すのかを考えるべきであろう患者さんに対して、侵襲的な治療を行ってしまう状況など、特に日本の高齢者医療の問題点や矛盾点が気になり始めました。
また、もともと厚労省で制度設計をしていく過程で、明確なエビデンスのない状態で政策を考えていかなくてはならないことにも課題を感じていました。
そこで、医療政策をきちんと学ぶために、ハーバード公衆衛生大学院に留学、公衆衛生修士号(MPH)を取得しました。ただ、1年間の留学でMPHを取っても、確かに体系的に公衆衛生は学べますが、期間が短すぎるため、きちんと研究ができるまでにはなりません。そのため、もう少しトレーニングを積むために東京医科歯科大学の社会人大学院に入学、2018年3月に医学博士の学位号を取得しました。
―現在はどのような活動をなさっているのですか?
現在は行政や高齢者医療に関連した研究を6割、臨床を4割という働き方です。
医療経済研究機構に所属して、ナショナルデータベースを使ったり、DPCデータを使ったりしながら、高齢者医療や医療政策について個別にクエスチョンを見つけて研究を進めています。
具体的には診療報酬改定後、医療機関がどのように診療行動を変えたのかをDPCデータを使って分析したり、若年性認知症と診断を受けた方が、どれくらいの期間で離職しているかなど社会的な観点からも分析したりしています。最近では、レセプトデータを使って在宅医療の質を明らかにできないかとの依頼があり、それに取り組んでいる最中です。
そして自分が研究で何が一番やりたいかと考えると、課題に感じていた、医療政策の立案を後押しするようなエビデンスとなる研究成果を出していくことですね。
臨床に関しては、一般内科の外来診療や在宅診医療に携わっています。
◆次のステップには悩むけれども
―次のステップとしてはどのようなことを考えていますか?
まさに今、それを悩んでいるところです。3つの仕事を経験したからこその成果を出したいと考える一方で、そろそろ絞っていかないと、結局どれも中途半端になってしまうのではないか、という不安も拭えません。
私としては臨床現場でプラクティスを続けることを大切にしたいと思っています。現在、在宅医療にも携わっていますが、医療のみならず介護や福祉の課題も痛切に感じます。退院しても費用や制度的な問題で介護施設に入れず、辛い環境でやむを得ず在宅医療を受けている方、生活保護を申請したほうがいいのではないかと思っても、持ち家や親族の関係で受給することができず、医療を受けることを控えている方など――。
このような問題を目の当たりにしていると、医師一人の力ではどうにもならない部分も多くありますが、それでも現場に出て自分のできることをやりたいと思うのです。
一方で、現在私が専門にしている医療政策分野は、研究の担い手があまりいません。そのため、行政・臨床を通じて感じてきた課題を少しでも改善するには、医療政策の立案に役立つ研究成果を発信しなくてはならないとも思うのです。
臨床・行政・研究それぞれの立場を経験したキャリアはとわりと珍しいと思うので、その視点から見えてくるものもあるのではないかと思いますし、理解できることもあります。今後何に重点を置いてキャリアを進めるか正直悩みますが、臨床現場での実践、研究での情報発信の両方とも大切にしていきたいと思っています。そして、当面は現在の仕事に集中して、現場で感じる課題を研究テーマに置き換え、少しでも医療・介護現場が良い方向に行くように情報発信を行っていきたいと思っています。
(インタビュー・文/北森 悦)
医師プロフィール
佐方 信夫 総合内科
医療経済研究機構研究部主任研究員
2004年神戸大学医学部を卒業。医療法人渓仁会手稲渓仁会病院にて臨床研修を修了。その後2006年に厚生労働省入省、医系技官として診療報酬改定などに携わる。2010年より社会医療法人蘇西厚生会松波総合病院総合内科に勤務、ハーバード公衆衛生大学院への留学を経て、現在は都内の病院・診療所に勤務しながら、現職を務め医療政策の研究を進める。
ハーバード公衆衛生大学院公衆衛生修士課程修了、東京医科歯科大学大学院医学博士課程修了。総合内科専門医、プライマリ・ケア認定医。