医学部5年生から4年の歳月をかけて、人工知能(AI)を活用した症状チェックアプリケーションを開発した阿部吉倫先生。それをきっかけに医師3年目の2017年5月、共に開発を進めてきたエンジニアとUbie株式会社を創業します。起業に込められた想いを伺いました。
◆AIを活用した問診システムと症状チェック
―今取り組んでいることを教えていただけますか?
2017年5月、エンジニアの久保恒太とUbie株式会社を共同創業し「AI問診Ubie」「Dr.Ubie」を開発、販売しています。メンバーは医師2名、エンジニア6名、営業3名、デザイナー1名、データサイエンティスト1名の計13名を中心に、非常勤の方を含めると21名です。
現在、私たちが国内でのシェア拡大をはかっているのは「AI問診Ubie」です。2017年8月にβ版をリリースし同年年末に製品化させました。約半年経った現在では、クリニックは60施設弱、病院では数施設に導入されています。
AI問診Ubieは名前の通りAIを導入していて、患者一人ひとりの症状に合わせて問診内容が変わるので、事前に医師が聞きたいことを過不足なく知ることができます。そして、現在は450以上の病名の中から疑いのある病名を推測させることができます。
これまでは開発に注力するために、営業は積極的にしていませんでした。口コミや紹介によって導入施設を増やしてきましたが、これから病床数の多い病院への導入を目指し、営業に関しても力を入れていこうとしている段階です。
―Ubie株式会社を創業した理由を教えていただけますか?
医学部5年生の時、共同創業者の久保に声を掛けられたことがきっかけでした。久保は京都大学を卒業後、東京大学大学院に進学していました。「症状から病気を推察できるシミュレーションのプロトタイプを作りたい」と言われ、一緒に開発するようになったのです。2人で試行錯誤を重ねたアルゴリズムがうまくいき、症状チェックアプリケーション「Dr.Ubie」が完成。このアルゴリズムを活用すればビジネスとしてもグローバル展開が可能かもしれないとビジネスの算段も見えていたので、創業を決意しました。
ただし、始めた最初の2年程は全然うまくいっていませんでした。シミュレーションに必要なデータをさまざまなところから取ってきてアルゴリズムを考えるのですが、データ自体が不ぞろいだったので、医師が行っている臨床推論のようにうまく病気の推察には結びつかなかったんです。
最終的に活用したのは、研究をまとめた論文や書籍から、疾患と症状の確立のデータ。4年間で論文5万本、書籍10冊ほどを1つ1つ読み漁り、使えるデータを探していきましたね。全てのデータが使えるわけではなく、むしろ使えないデータのほうが多く、まさに砂金拾いのような感覚でした。自分自身にとっても、とてもいい勉強にはなりましたが、もう一度やれと言われたら丁重にお断りすると思います(笑)。
私が研修医1年目の冬、ついに実装したアルゴリズムが当たり、一般の方が質問に答えていくことで受診するべき診療科を知ることができる「Dr.Ubie」を開発することができました。データ集めはとにかく膨大な時間がかかったので、あと1年アルゴリズムができなかったら、臨床医か研究者になっていたと思います。
◆医療の非効率さを痛感
―ビジネスモデルの算段があったとはいえ、医師から一転、起業家になることに対して葛藤などはなかったのですか?
自分が研修医として実際に医療現場に出たからこそ感じた課題を、私達が開発したAIで解決できる、と考えたからです。医師や研究者として社会にバリューを与えることももちろん出来ると思います。しかし、私には解決したい課題がある――それだけで起業する理由になると思いました。
また、医師や研究者のキャリアと起業家のキャリアを冷静に比較しても、起業家のキャリアは魅力的に思えました。AIはこれからどんどん活用されて行きます。我々の領域はまだ世界的にもプレーヤーがそこまで多いわけではありませんし、グローバルに展開しやすく、課題も多い。そのため、あまり葛藤はありませんでしたね。
―課題とは?
まず、医師が医師以外でもできる事務仕事などに割く時間が多すぎるそれで患者さんを診る時間が取れないのはおかしいと思いました。他には、患者さんの来院するタイミングにも疑問を感じましたね。
夜間救急外来に、「1年半程前から血便が出ていたんですが、困ってなかったんで受診していませんでした。でも最近体重が減ってきて、ご飯もあまり食べられなくなってきて、今日から急に背中がすごく痛くなり始めたんです」と来る場合、エピソードから推察して大腸がんです。「そんなつもりじゃなかった」と言われても、医師は何もする術がありません。なぜ、適切なタイミングで適切な治療を受けられないのか――とても疑問を持ち、適切なタイミングで適切な診療科を受診できる環境をつくっていくことの重要性を痛感しました。
◆世界中の医療課題を解決するソリューションを出す
―今後の展望はどのように考えているのですか?
まず1年間で導入クリニック1000件、病院50件を目標にサービス拡大を図るとともに、プログラムの精度を高めることに注力していきます。そして今年度中には、海外展開を視野に入れて、「Dr.Ubie」の症状チェックアプリケーションも精度を高めるべく、動き始めていく予定です。
―国内はAI問診、海外では症状チェックアプリの普及を進めていくのはなぜですか?
病態は、地域による罹患率の差こそあれ、世界共通で普遍的なものだと思っています。世界各国の人たちが、適切なタイミングに適切な医療につながれる。それを実現していきたいですね。
一方、ソリューションには地域性があります。例えば日本で未破裂脳動脈瘤疑いが見つかったらMRIを受けるべきだと思います。日本には、人口100万人あたりのMRI台数が約50台もあるからです。ところが、中国の患者さんに同様のものが見つかっても、MRI台数が日本ほどないので、MRIをすぐに受けましょうとはなりません。それよりもメディカル・ツーリズムを検討することになると思います。
このように課題は世界共通ですが、ソリューションには地域性があるので、AI問診は各国にローカライズさせることが必要です。一方、Dr.Ubieはそこまで必要ありません。そのため海外展開は、まずDr.Ubieから始めようと考えました。
その時に、特に重視するのは、適切なタイミングで適切な医療につなげること。日本の場合は、大腸がん疑いだったら内視鏡検査、盲腸だったら救急外来に案内する。そして、診断までにいくつもの医療機関に行かないと分からないような難しい疾患でも、すぐにその疾患が得意な医師を案内する。そのようなことを実現したいです。また、例えば大腸がんならステージ1や2のタイミングで内視鏡手術につなげる。
―自分たちの事業を通して、社会にどのような変化をもたらしたいのですか?
世界中の人を適切なタイミングで適切な医療につなげたい。これに尽きます。大腸がんなら、ステージ1や2の段階で内視鏡技術の高い医師につなげる。例えば掌蹠膿疱症など診断がつくまでに何件もの医療機関を受診しなければいけない疾患だと分かったら、その疾患を専門としている医師につなぐ。患者さんにとってはスムーズな受診が可能で、医師にとっては自分が実績を積みたい症例を多数診ることができるようになります。このように患者さんの「交通整理」がしたいのです。
さらに言えば、医師でないとできない仕事に医師が専念できるよう、その他の仕事に対するソリューションは全て揃えたいですね。究極的に言えば、本やスマートフォンを開かずとも「調べたい」と思ったときにはその情報がそこにある、という世界を実現したいですね。
(取材日/2018年7月12日 取材・文/北森 悦)