家庭医として診療科の隙間を埋める
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◆隙間を埋めるのが家庭医の役割
―現在の働き方について教えていただけますか?
滋賀県大津市の大津ファミリークリニックの院長として、外来や訪問診療や外来、医学生や研修医の教育などに携わっています。
当クリニックは、拝観に1時間近くかかる園城寺という大きな寺院の目の前。そのため周辺に住宅地が少ないので、外来よりも訪問診療がメインです。ですが、外来では患者数が少ないために、1人ひとりに時間をかけることができています。特に、産後うつやPMSなど女性特有の困りごとがある方の治療・相談、発達障害の治療、思春期の子どもの不登校やメンタルケアなどにじっくり向き合っています。
―外来では、1人ひとりに時間をかけられることを活かして、女性や子どもたちを診ているんですね。
そうですね。ウィメンズヘルスに関心を持ち始めたのは、初期研修2年目に受けた日本家庭医療学会(現・日本プライマリ・ケア連合学会)での性教育ワークショップがきっかけです。それまで、友人などから月経の相談などを受けることがあっても「良くわからない」と思っていましたし、実際に診療では産婦人科に紹介してしまうこともあったんです。しかし、女性医師として女性の相談を受けられた方がいいと思い、ウィメンズヘルスに関心を持って学んできました。
中でも産後うつの女性は、精神科に行くと「授乳中の方は診られないから断乳してから来てください」、産婦人科に行くと「精神的な相談は受けられない」と言われてしまうことがあり、意外と診てもらえず困っている方が多いんです。ところが、産後うつの方は一定数いますし、悪化するとうつ病になってしまう可能性も十分にあります。どの診療科でもあまり診てもらえない、その隙間を埋めるのが家庭医の役割だと考えていて、外来で取り組んでいます。
大津ファミリークリニックに赴任してきてから、大津市の母子保健に携わる保健師さんと知り合い、「大津市で産後うつなどで困っていることはありますか?」とアウトリーチ活動をしてきました。
それが直接つながったわけではありませんが、市内で母子保健のサポートをしている小児科の先生が、「お母さんを診よう」(南山堂)という本の編集に私が関わっていたことを知って、「大津ファミリークリニックなら診てくれるかもしれないから、相談してみたら?」と保健師さんにアドバイスしてくださったのです。そこから、産後うつの方が何人か当クリニックに紹介されてきて、診るようになりました。
最近は皆さん良くなられて、あまり来院されなくなりましたが、2~3年お付き合いして、最後には全部の薬を止めることができ卒業していった方もいます。笑顔で卒業してくださる時の嬉しさは、医者冥利につきますね。
―思春期や発達障害の子どもを診るようになったのは、どのようなきっかけからだったのですか?
先程話した性教育ワークショップを受けたことがきっかけの1つになっていますし、こちらも「隙間を埋めるのが家庭医の仕事」という考えから始めました。
思春期の子どもたちは、小児科を受診するのは少し違うし、かといって内科も違う。婦人科には行きづらいし、精神的に不安定だからといって精神科に行くほどでもない。どこの診療科にも行きにくいモラトリアム的な時期なんです。家庭医はこの隙間を埋められると思い、医師3年目には、思春期保健相談士という資格も取りました。
大津ファミリークリニックで発達障害を積極的に診るようになったのは、2018年の秋。当クリニックの近くにある大津市発達相談センターの小児精神科の先生のの発達障害研修会に参加したところ、相談センターでは薬の処方ができないジレンマを抱えていらっしゃると知りました。紹介先の医療機関の1つに入れてもらい、勉強しながら協力させてもらうようになったのです。
多くの子どもたちが、さまざまな悩みの解決法が分からないという葛藤を抱えながらも大人に成長していきます。ですから、本格的に医療とのつながりが必要な子どもは少数です。ただ、相談相手が必要な子どもの相談に乗り、一緒に考えていけたらと思い、お手伝いさせていただいています。
現在は、ADHDの子どもの処方なども始めています。ADHDの場合、小児科ではなかなかお薬を出してくれず、精神科では子どもということで躊躇されてしまい、行き場がなくなってしまっている場合があります。産後うつの例と同じように、家庭医だからこそこの隙間を埋められると思いますし、子どもの問題だけではなく、ご家族の相談にも乗れるので、取り組む意義があると考えています。
医師プロフィール
中山 明子 家庭医
大津ファミリークリニック院長
岡山県出身。2006年、岡山大学医学部を卒業。洛和会音羽病院にて初期研修修了、亀田総合病院にて家庭医医療専門医を取得。2014年より大津ファミリークリニックに勤務、2018年より現職。