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INTERVIEW

筑波大学人間系障害科学域准教授

小児科

塩川 宏郷

東ティモールで教えられた、障害と地域社会の関係性

文部科学省の行った調査によると、全国の公立中学校に通う小中学生のうち6.5%は発達障害の可能性があるそうです。また特別支援学級に進学する児童は平成19年度以降、毎年6000人ずつ増加しているというデータも出ています。発達障害という言葉は一般的になってきていますが、その理解や支援体制は十分ではないのが現状です。筑波大学で発達障害と地域社会に関する研究を行っている塩川 宏郷先生は、へき地医療や少年鑑別所、開発途上国での経験をもとに「発達障害を持つ子もそうでない子も自然に地域に溶け込んで、『どんな人でもあるがまま、お互いさまで生活する』という地域社会をつくりたい」と考えられるようになりました。そう思うようになったきっかけや今後の展望について伺いました。

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◆発達障害も「あるがまま、お互いさま」の地域社会とは

―現在はどのような事をされているのですか?

筑波大学人間系障害科学域で教員として発達障害に関する研究と教育を行っています。研究内容は、発達障害の心理学や医学に関することではなく、どちらかというと社会小児科学・福祉的な内容です。発達障害の人が住みやすい地域社会とはどのようなものか、実際にその社会をつくるのに何が必要かという事を研究しています。

発達障害にかぎりませんが、すべての「障害」と呼ばれる状態は、地域社会との関係性の中で生み出されるものだと考えています。発達の偏りや未熟性を持つ子どもを「発達障害」としてくくりだす考え方は社会が生み出したものであり、地域社会のありようによってその考え方・定義も変容しうるものです。地域社会に「あたりまえ」のように存在する状態で、あたりまえのように支援できる体制があれば、その子の発達の偏り・未熟性はもはや「障害」ではありません。その子の個性あるいは「持ち味」のようなものととらえることが出来るようになるはずです。そのような地域社会が果たして実現可能なものなのか、障害を生み出しやすい社会とそうでない社会の違い、障害支援を中心にした福祉のまちづくりについて研究したいと考えています。

―研究をされている中で感じる課題は何ですか?

ここ10年ほどで「発達障害」「自閉症」「インクルージョン」など言葉の認知度は高まってきていると思います。しかし、どうも言葉だけが先走っていて、本当の意味でその子どもたちや家族が抱えている困難や、日常生活で困っていること・必要と感じている支援については理解が進んでいないのが現状です。当事者のニーズと支援の間にはズレが生じているのではないでしょうか。

小児科医や精神科医の間でも、発達障害という言葉は知っていても的確に診断できる医師は(もちろん増えてはいますが)まだ少数派です。また、仮に診断ができたとしても、それでは「自閉症」とはどういう状態で、どのような困難を抱えていてどのような支援が必要なのかを的確に保護者や関係者に説明・情報提供し治療や経過観察できる医師も多くはありません。発達障害の発見から診断、診断から治療・支援には多くの専門家がかかわる必要がありますが、その連携も十分ではなく、結果的に多くの発達障害を持つ子どもが地域社会で「生きにくい」状況が発生しています。

―先生の考える理想の地域とはどのようなものですか?

発達障害に限定するのではなく、あらゆる障害を持つ人が、もちろん必要な支援をうけながら、その人の役割やその人の持つポテンシャルを発揮しつつその地域に自然と溶け込んで生活している、どんな人でも「あるがまま」で存在できる、そんな地域社会というのが理想です。

発達障害というのは、人との関係性、地域社会との関係性で定義されてくるものです。発達の偏りを持っている、コミュニケーション障害や自閉症などいろんな特徴を持っている子どもでも、「これは障害だから支援をする対象なのだ」というとらえられかたではなく、「あるがままでよい」「あるがままでいられるように、当たり前のようにお手伝いする」というような、理解と寛容と支援が空気のように存在する社会がいいと思うのです。幻想かも知れませんけどね。

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PROFILE

塩川 宏郷

筑波大学人間系障害科学域准教授

塩川 宏郷

筑波大学人間系障害科学域准教授。1987年自治医科大学医学部卒業。1998~2008年、自治医科大学小児科勤務時に「とちぎ子ども医療センター子どもの心の診療科」の立ち上げに尽力する。2008年から2年間 外務省・在東ティモール日本国大使館 参事官兼医務官を務め、その後、東京少年鑑別所医務課医務課長などを経て2013年10月より現職。監修書に「発達障害を持つ子どものサインがわかる本」

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