大動脈弁狭窄症の見落としを減らす
―なぜ「超聴診器」を開発しようと思ったのですか?
循環器医師として勤務している中、常に医学的に自分が今やっていることが正しいのかという思いがありました。自分は起業して経営者ではありますが、常に医師として現場に向かい続けています。
大動脈弁狭窄症という循環器疾患があります。突然死の原因となり危険性の高い疾患で、約100万人の患者がいます。以前は、リウマチ熱など子ども時代の病気が影響し罹患する患者が多かったのですが、最近は高齢化による石灰化などが原因で75歳以上の12%が罹患しており、3%が治療対象とされています。治療に関しては、心臓手術でなくTAVIというカテーテル治療が可能になり、選択肢が増えました。
ただ、いまだに大動脈弁狭窄症による意識消失で救急に運ばれてくる患者が、脳の病気、てんかんと診断され、大動脈弁狭窄症が見落とされることがあります。そんな状況をなんとかしたいと考えたのがきっかけでした。
当然その他の心臓疾患もありますが、大動脈弁狭窄症による突然死の危険性は高く、見落とされやすいこと、そして新しい低侵襲治療があるので、まずは疾患を大動脈弁狭窄症に絞って開発を進めています。
熊本大学工学部・山川俊貴先生との出会い
―超聴診器開発までは、どのような経緯をたどってこられたのですか?
昔から、与えられた課題をこなすよりも自分で考えることが好きでした。小学校の夏休みにも、宿題は後回しで自由研究に全力を注ぐような性格でした。そんな性格もあり、3年前から臨床を少し離れ、大学院で医療経済学を勉強しながらいろいろなアイディアに対して試行錯誤していました。その間はアルバイトで貯めたお金を全てつぎ込みつぎ込み、一人で取り組んでいましたが、100回以上空振りでしたね。
ちょうど1年前に大動脈弁狭窄症の聴診についてアイディアを思いつき、色々と考えていました。超聴診器の開発に大きく舵を切ることができたのは、熊本大学工学部の山川俊貴先生との出会いがあったからです。山川先生は医療現場で使われる電子工学技術、いわゆる医用工学の研究者です。たまたまネットで検索していた時に、てんかんと心拍数の研究をしている山川先生の研究室を発見しました。自分ですぐに研究室へアポイントを取り、自分のアイディアを話しに行きました。すると先生は「面白い!やりましょう」とおっしゃいました。そこから、私の会社であるAMIと熊本大学工学部が連携して開発研究を始めました。
一般の人も心臓病を発見できるツールにする
―プロダクトについて教えてください。
聴診心音のみで診断をサポートするようなプロダクトやシステムは、海外を含めるといくつかあります。一方私たちのプロダクトは、心音に心電図を組み合わせることで正確にI音を検出することができます。
実は聴診の時、不整脈以外にも外部の雑音や呼吸音が入り、このI音とⅡ音を正確に検出することは困難です。そのため、心電図のR波を基準にI音を検出して、その後に続く収縮期雑音を検出、振幅をとって雑音の程度を測定しています。
―今後の展望はどのように描いていますか?
さまざまなビジネスコンペで賞をいただいていますが、開発が始まってまだ1年足らずなので課題は多いです。実際に精度などを、診察における医師の聴診と比較することも難しいです。また大動脈弁狭窄症の最終的な治療適応判断は、心エコーの連続波ドプラ法による最高血流速度(m/s)や簡易ベルヌイ式による収縮期平均圧較差(mmHg)、弁口面積(cm2)、心臓カテーテル検査です。私たちのプロダクトは、雑音の検出はできますが、治療の適応判断まではまだ進んでいません。
まずは見落としの多い大動脈弁狭窄症を検診や日々の診療スクリーニングで、“どんな医師”でも発見でき、診断のサポートができる新しい聴診器になればいいと思っています。
そのためにも今後、医療機器としての研究を進め、医薬品医療機器等法を通したいと考えています。まずは3年後までに、熊本大学工学部や京都大学、富士フイルムなどの協力のもと、自動解析で診断アシストができるプロダクトにすることを目指し、1000人規模の臨床研究を行う必要があります。将来的にはこの超聴診器で、その他の心臓疾患もスクリーニングができるようになり、一般の人が自宅で自分の心臓病を発見し、早期治療につなげることができればいいと思っています。