頭蓋底手術のボトムアップを目指す
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◆手術技術の差がある
聴神経腫瘍は、頭蓋骨の底の部分(頭蓋底)にできる腫瘍です。周囲にはさまざまな神経があるため、脳神経外科の手術のなかでも特に高い技術が必要となります。数多くの経験を積んでいなければ、顔面神経や聴覚神経などの重要な神経を傷つけてしまう恐れがあるので、脳神経外科医の手術スキルが必須と言えます。
しかしながら、聴神経腫瘍は年間10万人に1人に発症する病気のため、大きな病院にいても、年に数回巡り合うくらいです。また、実際にすぐに手術になる方は、新患で来られる患者さんの約半数です。主に若い世代の方か、腫瘍が大きくなってしまっている方ですね。というのも、聴神経腫瘍は良性腫瘍で他に転移することもないため、聴覚神経や顔面神経などに影響がない場合は、半年や1年の期間を置きながら定期的にフォローアップをしていれば、しかるべき段階で適切な治療を行い対処できるからです。
年間10万人に1人しか発症せず、そのうちの限られた方しか手術とならないため、いざ経験を積み、スキルを向上させようとしても、なかなか簡単にはできません。そのため手術技術に差が出てきてしまうのです。その点が、聴神経腫瘍の治療における課題だと感じています。
他の治療法として、放射線治療も選択肢の一つとしてあり、最近では、ある程度手術で腫瘍を取り除いて、放射線治療が可能な大きさにしたところで放射線治療を行うという方法もあります。
しかし、これは比較的新しい手法のため、治療後20年30年経った段階の効果を表すデータはまだありません。そのため、再発の可能性や未知の副作用の発現などを考えると、安易にこの手法を推奨することはできないのではないかと個人的には思います。もちろん再発の可能性が極めて低く、かつ副作用もないことが分かれば積極的に使用していくことも視野には入れていますが、現段階では、手術で腫瘍を取り除くことが治療法としては有効だと考えています。そのためにも手術技術の向上が重要になります。
◆教育の場を整える
そのため、私のいる東京医科大学病院を教育の場とすることを考えています。私自身もまだこちらに着任して3年弱ですので、まだ十分な体制とは言えません。しかし、ここでは聴神経腫瘍の手術だけでも年間100件近く、頭蓋底手術全体では約150件行っています。また、モニタリングと言って手術中、継続的に神経に刺激を与えて反応を見られるようにしておくことで、神経を傷つけていないか瞬時に分かるような設備を完備しています。
頭蓋底手術を身に付けたい医師には、積極的に手術を見に来ることをお勧めしています。当たり前ですが、何十例もの手術を見て理解しないことには、自分ではできません。現在、スタッフは基本的な手技はできますので、本丸である聴神経腫瘍の手術まで行えるよう成長してもらい、数多くの症例をいつでも見に来られる体制を数年のうちに作っていこうと思っています。
医師プロフィール
河野 道宏 脳神経外科
東京医科大学脳神経外科学分野主任教授、東京医科大学病院脳卒中センター長
1987年国立浜松医科大学医学部卒業。東京大学脳神経外科に入局。国立病院医療センター (現・国立国際医療研究センター)、東京大学医学部附属病院、富士脳障害研究所附属病院などで研鑚を積む。95年4月富士脳障害研究所附属病院脳神経外科部長就任。2004年6月に東京警察病院脳神経外科部長、07年に脳卒中センター長を兼務。2013年より現職。