医師4年目の森維久郎先生は、腎臓内科医としてプライマリ・ケア領域に携わろうとしています。そんな新たな挑戦の背景にある想いを伺いました。
◆救急医志望から腎臓内科医へ
―最初に、学生時代はどのような医師を目指していたか教えていただけますか?
三重大学に在学中、最初に進みたいと考えた診療科は、小児科と救急科でした。救急医を目指そうと決意したのは、大学5年生の秋でしたね。
救急科で実習している時に印象深いエピソードがありました。交通事故にあった5歳の子どもが搬送されてきたことがありました。正直、救命は困難な状態ではありましたが、教授一人が「この子どもは必ず助けるから」と言って治療にあたっていました。そして、本当に歩いて帰れるほど回復させたのです。この教授の姿に感銘を受けたことや、医師としてスキルや知見をより活かせるのは救急科だと思い、救急科を志望するようになりました。
そして、研修医のうちから積極的に診療に関われること、救急の知識をしっかりつけられることから、初期研修先に東京医療センターを選びました。かなりハードでしたが、その分しっかり知識や技術をつけることができました。
ところが、その後進んだ診療科は腎臓内科でした。
―救急医になろうとしていた森先生。なぜ腎臓内科に進まれたのですか?
研修中、何度も入退院を繰り返している患者さんが結構多いことを知りました。そして、その多くが腎臓病を患っていたのです。何度も入院するほど体がボロボロになる前の、生活習慣病の段階で治療介入できなかったのか――。そのような疑問が強く湧いてきました。
この問題の根本を把握し、解決していきたい。そう思って医師3年目から腎臓内科医になったのです。千葉県内の病院で腎臓内科医として勤務しています。
◆腎臓内科医としてやりたいこと
―2019年度からは新たなことに挑戦するとおっしゃっていますが、どのようなことを始めるのですか?
「プライマリ・ケア」の領域で腎臓内科医として活動する予定です。具体的には、腎臓内科の開業医として早期治療介入をしていくことで、慢性腎臓病の患者さんの重症化予防をしていきます。
―なぜそのような活動をしていきたいのですか?
腎臓内科専門医は4000~5000人程度です。腎臓内科の仕事は透析医療や腎炎などの特殊な免疫治療が必要な領域、電解質異常など多岐に渡ります。また、将来的に心臓が悪くなったり透析になりそうな慢性腎臓病の患者さんは、国内に1300万人います。
患者数に対して専門医数が少ないため、腎臓内科専門医には慢性腎臓病に割けるリソースがないのです。そして基本的には、慢性腎臓病は一般内科の開業医の医師が診る分野となってしまっています。
もともと慢性腎臓病患者の重症化予防には関心があり、社会的リソースを使って透析にならないように仕掛けていきたいと考えていました。しかし実際に腎臓内科で勤務してみて、このような課題が自分の中で浮き彫りになってきました。
現在務めている病院も透析予防を目指してはいますが、より早期に介入を仕掛けていくためには、重症化して病院を受診する前の段階に自分のフィールドを置くことが望ましいと思いました。具体的には、自分で開業してプライマリ・ケア領域で慢性腎臓病を診てかなければいけないと考えたのです。
―30歳前後で開業ということですよね。不安はないのですか?
開業を決意した最初のころは、不安だらけでした。特に「若手で開業するなんて」という批判を受けるのではないかと、それが非常に気がかりでしたね。開業のことを話した周囲の友人や知人皆に止められましたし――。
ただ一般の方々に、「〇〇の医者と△△の医者がいたら、どのように思いますか」というアンケートをさせてもらったんです。すると、今まで自分自身が気にしていた大学病院での勤務年数や学位の有無、論文の数は、一般の方はあまり気にしていないということが分かったのです。
また医学的に見ると、早期介入すればするほど診断や治療はシンプルになります。そして重症化予防は、「いかに治療を続けてもらうか」が重要です。つまり重症化した腎臓病に対する治療を行っていく病院とは、診療の軸が全く違うのです。
さらには、重症化予防のための仕掛けをしていくには、行政の方々やコメディカルの方々、そしてテクノロジーに関わる方々とのつながりをしっかり持ち、多角的なアプローチを可能にすることが、開業して慢性腎臓病の重症化予防をしていく上では、より重要だと考えるようになりました。
―自ら開業する以外にも、例えば理解あるクリニックで勤務しながら活動していくという方法もあると思いますが、それは考えなかったのですか?
確かにそのような道もありました。しかし、腎臓内科医がプライマリ・ケア領域で慢性腎臓病に特化して診療していくのは、あまりない取り組みです。仮に非常に理解ある院長のもとで働かせてもらいながら取り組んでいけたとしても、どうしても自分がやりたいと思ったことに院長のOKが出ないことがあるかもしれません。そうすると、思うように自分のやりたいことができなくなってしまいます。新たな取り組みをしていくには、自分がトップになり意思決定や責任を取ってきたいと思ったのです。
確かに、勤務しながら活動したほうが安心感はありますが、安心感とやりたいことをやる、という両方のいいとこ取りはできないと思っています。そのため、自分で開業しようと思っているのです。
―最後に、その取り組みを通してどのようなことを実現したいのか教えていただけますか?
私がやりたいのは、腎臓病の重症化予防です。そのための軸は3つあります。
1つは、早期介入。腎臓は症状に気がついたときには手遅れということは多いです。そのため早期発見、早期治療が重要です。私は「腎臓内科.com」というウェブサイトを1年ほど前から運営しています。そこで患者さん向けに腎臓病のことで知っておいてほしい情報を発信していて、少しずつそれを見て受診してくれる患者さんが増えてきました。引き続き発信を続けるとともに、行政やコメディカルの方々と連携して、多様なチャネルから早期介入を試みたいと考えています。
2つ目は、後期高齢者で腎臓病がある患者さんへの新たなアプローチ。高齢で腎臓疾患がある患者さんは、筋肉や骨が弱くなり寝たきりになる方が多くいます。それを防ぐためには食べて運動することが重要なのですが、一方で腎臓病を患っていると透析にならないよう、食事制限が推奨されています。難しい問題ですが、どこまで食事制限を勧めるべきか提示できるようにしたいです。
3つ目が、腎臓病がある高齢患者さんに対する緩和ケア的視点の浸透です。現在、透析開始年齢が80歳や90歳という場合があります。中には、その他の疾患を併発していたり、認知症があったりして、患者さんや家族が透析を望まないケースがあります。とてもセンシティブでいくつもの課題がありますが、今は全然浸透していない緩和ケア的視点を、もう少し腎臓疾患領域にも浸透させるべきだと考えています。
前例のない取り組みもありますが、責任を持って果敢に新たなチャレンジをしていきたいと考えています。
(インタビュー・文/北森 悦)