人生最期の「旅行」を叶える医師になりたい
記事
◆人生最期の「旅行」にフォーカスするまで
―どのような医師を志して医学部に進学したのですか?
もともとは、地域に根付いて子どもからお年寄りまで、年齢や性別も関係なく診られる医師になりたく、総合診療や家庭医、緩和医療の分野に進もうと考えていました。しかし、実際の医療現場に出てみて、「これが本当に自分の目指している医療なのだろうか?」と感じることがありました。
例えば、患者さんが手足や胴体を身体抑制されている現場を、初めて目にした時は驚愕しました。それにも関わらず、周囲の医療スタッフは何事もないかのように業務をされているギャップにも違和感を覚えました。もちろん、安全面や人手不足を考えると現状ではやむを得ないかもしれません。しかし患者さんは「家に帰りたい」と叫んでいるし、ご家族もとても動揺していて、自分の中では葛藤が残りました。
また、終末期を迎えている患者さんと、最期をどのように過ごしたいかを何度も話し合い、延命治療はしないと方針が決まっていたにもかかわらず、いざ状態が悪くなり本人が意思を伝えることができなくなると、突然やってきたご親族が「できる限りの延命治療をしてほしい」と言って、ご本人が望んでいない治療を施さざるを得ないこともありました。
このような現場を前にして、自分が提供している医療は、一体「誰のため」なのか自信が持てなくなりました。患者さんのためというより、ご家族のため、医師のため、看護師のため、病院のための医療になってしまってないか――と自問するようになり、「患者さんのための医療って何だろう?」という疑問から、自分にできる医療の在り方について真剣に考えるようになりました。
―そこで出した答えは?
患者さんが病気を抱えながらも、残された大切な時間をどう過ごすかを考えた時、その選択肢の1つに「人生の最期に旅行へ行きたい」と願っている人がいたら、それを全力でサポートできる医師になることです。
旅行に目が向いたのも、さまざまな葛藤を抱えていた初期研修中でした。患者さんとお話するのが好きで、患者さんと一緒に病室で昼食をすることがありました。最初は医師と患者という立場の隔たりを強く感じていましたが、しばらくすると打ち解けてくれ、次第に何気ない日常会話までできるようになりました。その中で、「何かしたいことはない? 出かけたいとは思わないの?」と聞いたところ、普段言わないことをポロッと口にしてくれた患者さんがいました。
それは、「お墓参りにすら何年も行けてないし、ましてや旅行だなんて。ただでさえ家族に迷惑をかけているから、私がそんな贅沢を言っちゃいけないよね」という内容でした。この想いを聞いて、人生の最終段階くらい自分の思うままに生きてほしいと思いながらも、家族や医療者に遠慮して、自分の想いを伝えられない患者さんは他にも大勢いるのではないかと思いました。
実際調べてみると、余命の短くなった患者さんで旅行ができる人は非常に限られていました。確かに、医療者は旅行についての知識が多くなく、病状が悪化する可能性が少しでもあれば、安易に許可を出すことを躊躇してしまうでしょう。中には旅行を叶えるために医療の手配をし、自身の休みを使って旅行に同行している素晴らしい医師もいますが、多忙な業務の合間にするには、非常に大きな負担となってしまいます。
主治医に代わって手続きや医療相談、旅行同行をすることで負担を軽減しつつ、より安全に旅行できる環境が整えば、旅行の夢はきっと叶えられるはず。そう思い、本気で取り組み実現したいと考えたのです。
医師プロフィール
伊藤 玲哉
旅行医・トラベルドクター
東京都出身。2014年昭和大学医学部卒業。洛和会音羽病院にて初期研修修了。2017年より昭和大学麻酔科に入局。2019年4月よりグロービス経営大学院にて経営学を学び、「人生最期の旅行を叶える医師」になるべく活動をスタート。