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ビジネスから科学技術の社会実装を早めたい

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医師12年目の石川陽平先生は、大学卒業後、聖路加国際病院救急科で後期研修を受けながら株式会社Mediplatを創業、オンライン医療相談サービス「first call」の事業開発の中心を担ってきました。現在は、三菱商事株式会社ヘルスケア部シニアマネージャーとして国内外のヘルスケア領域で新規事業開発に携わっています。もともと公衆衛生や社会変革に興味があったという石川先生。これまでのキャリアの歩みにある思いや背景の課題感、そしてこれからの展望について伺いました。

◆社会にインパクトの与える規模の事業開発

―現在の取り組みを教えてください。

2023年から三菱商事株式会社ヘルスケア部シニアマネージャーとして国内・海外の事業チームを兼任し、新規事業開発に注力しています。社会のニーズと現状のギャップを分析し、国民の健康を守るために求められるサービスを見極めることで、単に収益性を追求するだけでなく、社会的な意義も重視した事業の発掘に取り組んでいます。

それ以前は、救急医として常勤勤務をする傍ら、株式会社Mediplatを共同創業し約8年間事業企画に携わっていましたが、社会的に大きなインパクトをもたらす、より大規模な事業にも取り組んでみたいと思うようになり三菱商事で勤務しています。総合商社では社会基盤を支える事業に携わる機会が多く、大規模な事業開発のノウハウを学べる環境に魅力を感じました。現在は、医師としての知識・経験とベンチャー企業での経験を活かし、三菱商事での新規事業開発に貢献できるよう努めています。

◆社会課題を解決する取り組みも、経済的に自立することで持続可能に

—なぜ救急医療を専門に選ばれたのですか?

高校時代に靭帯を損傷し、手術を受けたことがきっかけで医師に興味を持つようになりました。そのため、大学進学時には整形外科に興味を持っていましたが、父が脳梗塞で倒れ失語症を発症したことから予防医療の重要性を感じ、内科や公衆衛生に関心が向くようになりました。

そこで東京慈恵会医科大学在学中は、医療機関での活動が単位として認められる制度を利用して、世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部のインターンシップに参加。そこでは、インフルエンザに関するプログラムに従事し、世界各地の情報を集めるだけではなく、今後必要とされる研究テーマを世界中の研究者に提示する取り組みもしていました。将来のパンデミックに備え、世界規模で研究を進展させ準備を整えるWHOの活動は、公衆衛生に関心のある私にとって非常に学びになりました。

大学卒業後は聖路加国際病院へ入職。初期研修を終えた後、後期研修先として同院の救急科を選択しました。救急科を選んだのは、純粋に救急医療が好きだったことと、社会との接点が多い診療科だからです。同院の救急科は一次救急から三次救急まで受け入れており、重症患者さんだけでなく、認知症で迷子になってしまった高齢者や虐待疑いのお子さんなど、さまざまな患者さんが受診されます。社会変革にも貢献できる医師になりたいと思っていたので、身体的な治療だけではなく、社会的背景も含めてサポートできることに魅力を感じたのです。

2020年には新型コロナが国内でも流行し、当時救急部のチーフレジデントとして救急だけでなく院内全体の受け入れ態勢を整えることになりました。医療現場での知識・経験だけでなく、ビジネス面で培っていたオペレーション構築のノウハウがあったからこそ、早期に体制構築を整備することができ、自分がやってきたことをフルに活かすことができました。

―医師3年目で株式会社Mediplatを創業された背景を教えてください。

私は公衆衛生や国の取り組みも、ビジネスも、本質的には社会課題の解決を目指していると考えています。そして、社会課題の解決を目指す取り組みにおいて、経済的に自立していないと持続可能な取り組みにつながらないため、全ての社会システム構築にはビジネス的な視点は重要だと感じていました。

そのため、専門医を取ってからビジネスの道に進むことを考えていたのですが、医師3年目の冬、「医療×ビジネス」をテーマとした勉強会に参加した際に、DeNAの元会長である春田真さんと偶然お会いしました。春田さんは医療関連のベンチャー企業の設立を構想していて、何度かお会いする中で「一緒に会社を立ち上げないか」とお誘いいただいたのです。

このような貴重な機会は滅多にないだろうと、共同創業させていただくことを決めました。しかし医師として十分な研鑽を積み、専門医を取得したいという気持ちもありました。その旨を春田さんにお伝えすると、快く了承してくださったので、聖路加国際病院で常勤医として勤務を続けながら、株式会社Mediplatの創業に取り組むことになったのです。

Mediplatでは「first call」というサービスを開始。立ち上げ当初はオンライン診療サービスとして始めました。しかし当時は法的な整理が十分整っていなかった部分も多く、その状況では事業としての安定性が低いと判断。そこで医療相談サービスへと方向転換し、法人向けに福利厚生の一環として提供することにしました。チャットで「子どもが熱を出したが、病院へ連れて行くべきか」といった従業員からの些細な相談でもいつでもすることができ、その後産業医サービスも併せて提供する形にしました。

現在のfirst callは、いつでも医師にチャット形式で相談ができるオンライン医療相談サービスや産業医とのオンライン面談、その他の産業衛生におけるサービスを展開し、幅広い企業様にご利用いただいています。

—2020年から、聖路加国際病院の心療内科でも勤務を始めたのはなぜですか?

first callを始めた当初は事業企画から導入検討中企業への営業まわり、産業医業務まで、幅広い業務を自分で行っていました。その中で、企業の従業員にとってメンタルヘルスの不調が大きな課題となっていることを強く実感するようになったんです。

もともと医師として、患者さんの寿命を伸ばすだけではなく、生活の質や幅を広げたいという思いは持っていました。産業医としても心療内科の知識は必要だと感じていたので、この機会に心療内科で研鑽を積むことを決めました。

―first callの事業での成果はどのように評価していますか?

自分が持つリソースを最大限に活用し、一定の成果を上げられたと感じています。実際、人々に予防医療の行動を促すのは簡単ではありません。たとえば健康診断で異常が見つかり受診を勧めても、行動に移さない人もいます。しかし産業医を通じて受診を促し、受診結果の報告まで確認する作業を徹底すると、ほとんどの方が病院に足を運んでくれます。

日本では産業医など企業による健康管理の制度が比較的整っていますが、企業を通して従業員の健康管理を徹底することで、確実な成果につなげることができるのです。例えば「放置していたら、いつかは脳卒中になってしまうだろう高血圧患者さんの治療を開始し、脳卒中を防ぐことができた」といったケースはあったと確信しています(実際には予防できたので目には見えませんが)。

医療相談サービスにおいても、ちょっとした不安を拾い上げることによって未然に防いでいることは必ずありますし、コロナ禍では国の設置する「健康相談窓口」として選定され、サービスを提供させていただくことができました。first callでの取り組みは、国内の予防医療の取り組みに間違いなくプラスの影響を及ぼしていると自負しています。

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医師プロフィール

石川 陽平 救急専門医

三菱商事株式会社 ヘルスケア部 シニアマネージャー
2007年東京慈恵会医科大学入学。在学中に世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部インターンなどの経験を経て、2013年から聖路加国際病院で初期研修。2015年から同院にて救急科専門研修を受ける傍ら、株式会社Mediplatを共同創業。同社で医療相談サービスfirstcallの企画開発に携わり、多くの企業の産業医も務める。2023年より三菱商事株式会社ヘルスケア部シニアマネージャーに就任し新規事業開発に関わる。2014年聖路加国際病院ベストレジデント、2019-2020年聖路加国際病院救急部チーフレジデント。救急専門医、労働衛生コンサルタント、医学博士。

石川 陽平
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