coFFee doctors – ドクターズドクターズ

INTERVIEW

東京大学 医学系研究科 准教授

社会疫学・公衆衛生学

近藤 尚己

環境づくりで人々を健康にする

研修医時代に、医療行為だけでは人は健康にならないと感じた近藤尚己先生。調査研究からデータを提示していくことで人々が健康に暮らせる環境づくり、街づくりを進めています。実際に住民の健康のための環境づくりに動き出している地域を取り上げながら、人々が健康に暮らすには何が必要か、医療者はどう関わっていくべきか、多くのアイデアを出しながら語ってくださいました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1
  • 2
  • 3

データを示して人々の「健康」を後押しする

-なぜ近藤先生は人々の「健康」に興味を持ったのでしょうか?

きっかけの一つは研修医の時にあります。研修先の病院には生活が苦しく、それが病気の原因になっていると思われる患者さんが多く来ていました。そのような人たちは入院して少し元気になると自宅へ帰るのですが、またすぐに悪化させて戻ってくる割合が高いのです。いくら治してもきりがない、というむなしさを感じました。

ある時、心臓病の手術をした50代の男性がいました。その方は手術後、経過観察や薬の処方が必要だったのですが、しだいに外来に来なくなってしまいました。そんなある日、新聞のお悔やみ欄にその男性の名前と住所が載っているのを見て、亡くなったことを知ったのです。衝撃的でしたし、無力感もありました。数十万、時には数百万円する手術をして病気が「治って」も、結局生活がままならないと命は終わってしまうのです。そこに、医療だけで終始する活動の限界が見えました。そして生活全体を支える環境を変えることで、なるべく病気にならないようにしたほうが幸せではないかという考えが生まれました。

 

-生活環境の重要性を痛感した近藤先生。具体的に現在はどのような研究をなさっているのですか?

メインは3つあります。1つ目は全国の高齢者約10万人を追跡する調査です。千葉大学の近藤克則先生がリーダーの日本老年学評価研究(JAGES)で、サブリーダーの一人として事務局の一端を担っています。高齢者の生活環境や、所得や学歴、過去に受けた虐待や逆境体験といった人生全般に渡る生活状況のアンケートを、全国30の市町村と提携して2003年(30市町村に拡大したのは2010年)からおおむね3年ごとに追跡調査しています。この調査データの分析から、どのような方が長生きするのか、どのような街だと元気で長生きできるのかを研究しています。

2つ目は、被災地復興のための街づくりに関する研究です。最近の分析結果から例を挙げると、岩手県陸前高田市での、買い物環境までの距離と高齢者の閉じこもりとの関係の調査があります。陸前高田市は東日本大震災の津波で市街中心部のほとんどが流され、多くの住民が山間地へと移り住みました。その結果、買い物できる場所が遠くなり、外出の機会が減っている、という話を聞いていました。そこで、まず被災した高齢者の住所から最寄りの小売店や移動販売など買い物できる環境までの道路上の距離を測りました。次に同市が実施した訪問調査の結果とその地図データを合わせました。分析の結果、健康状態や所得などの影響を除いても、買い物環境までの距離が遠くなるほど、週のほとんどを自宅で過ごす、いわゆる「閉じこもり」が多いことが分かりました。高齢者の閉じこもりは、寝たきりの重要なリスクであることが知られています。買い物はただ必要なものを手に入れるだけでなく、そこに行くことで誰かに会い、交流する場としての機能もあります。このようなデータを基に復興の街づくりに貢献できたらと思っています。(※1)

3つ目は不景気や災害、所得格差の拡大など、社会の大きな変化が私たちの健康に及ぼす影響について計量的に評価する研究です。主に国内外の全国調査など、大規模なデータを二次利用しています。世の中が大きく変化したときに最も影響を受けるのは、貧困層など社会的に不利な立場にある人たちです。そのため、健康格差が拡大することが懸念されます。こういう視点の研究はとても重要だと思うのですが、実際はあまりされていないのが現状です。社会環境の変化が健康格差にどのように影響を及ぼすかを統計的に分析することで、社会保障制度など、健康を守るための政策を検討するための資料を提供できるのではと思っています。

  • 1
  • 2
  • 3

PROFILE

近藤 尚己

東京大学 医学系研究科 准教授

近藤 尚己

2000年山梨医科大学医学部医学科を卒業。ハーバード大学公衆衛生大学院健康社会研究センターでの客員研究員、山梨大学大学院医学工学総合研究部社会医学講座講師を経て、2012年より東京大学大学院医学系研究科准教授を務めている。また、2015年5月よりスタートした健康情報を専門家のコメント付きで読めるアプリ/サイト「Health Nudge(ヘルスナッジ)」の監修をしている。(URL:http://healthnudge.jp/)

↑