データを示して人々の「健康」を後押しする
-なぜ近藤先生は人々の「健康」に興味を持ったのでしょうか?
きっかけの一つは研修医の時にあります。研修先の病院には生活が苦しく、それが病気の原因になっていると思われる患者さんが多く来ていました。そのような人たちは入院して少し元気になると自宅へ帰るのですが、またすぐに悪化させて戻ってくる割合が高いのです。いくら治してもきりがない、というむなしさを感じました。
ある時、心臓病の手術をした50代の男性がいました。その方は手術後、経過観察や薬の処方が必要だったのですが、しだいに外来に来なくなってしまいました。そんなある日、新聞のお悔やみ欄にその男性の名前と住所が載っているのを見て、亡くなったことを知ったのです。衝撃的でしたし、無力感もありました。数十万、時には数百万円する手術をして病気が「治って」も、結局生活がままならないと命は終わってしまうのです。そこに、医療だけで終始する活動の限界が見えました。そして生活全体を支える環境を変えることで、なるべく病気にならないようにしたほうが幸せではないかという考えが生まれました。
-生活環境の重要性を痛感した近藤先生。具体的に現在はどのような研究をなさっているのですか?
メインは3つあります。1つ目は全国の高齢者約10万人を追跡する調査です。千葉大学の近藤克則先生がリーダーの日本老年学評価研究(JAGES)で、サブリーダーの一人として事務局の一端を担っています。高齢者の生活環境や、所得や学歴、過去に受けた虐待や逆境体験といった人生全般に渡る生活状況のアンケートを、全国30の市町村と提携して2003年(30市町村に拡大したのは2010年)からおおむね3年ごとに追跡調査しています。この調査データの分析から、どのような方が長生きするのか、どのような街だと元気で長生きできるのかを研究しています。
2つ目は、被災地復興のための街づくりに関する研究です。最近の分析結果から例を挙げると、岩手県陸前高田市での、買い物環境までの距離と高齢者の閉じこもりとの関係の調査があります。陸前高田市は東日本大震災の津波で市街中心部のほとんどが流され、多くの住民が山間地へと移り住みました。その結果、買い物できる場所が遠くなり、外出の機会が減っている、という話を聞いていました。そこで、まず被災した高齢者の住所から最寄りの小売店や移動販売など買い物できる環境までの道路上の距離を測りました。次に同市が実施した訪問調査の結果とその地図データを合わせました。分析の結果、健康状態や所得などの影響を除いても、買い物環境までの距離が遠くなるほど、週のほとんどを自宅で過ごす、いわゆる「閉じこもり」が多いことが分かりました。高齢者の閉じこもりは、寝たきりの重要なリスクであることが知られています。買い物はただ必要なものを手に入れるだけでなく、そこに行くことで誰かに会い、交流する場としての機能もあります。このようなデータを基に復興の街づくりに貢献できたらと思っています。(※1)
3つ目は不景気や災害、所得格差の拡大など、社会の大きな変化が私たちの健康に及ぼす影響について計量的に評価する研究です。主に国内外の全国調査など、大規模なデータを二次利用しています。世の中が大きく変化したときに最も影響を受けるのは、貧困層など社会的に不利な立場にある人たちです。そのため、健康格差が拡大することが懸念されます。こういう視点の研究はとても重要だと思うのですが、実際はあまりされていないのが現状です。社会環境の変化が健康格差にどのように影響を及ぼすかを統計的に分析することで、社会保障制度など、健康を守るための政策を検討するための資料を提供できるのではと思っています。
人々のつながりづくりと環境づくりで健康格差を解消
-健康格差や貧困の原因と解消法ついて、近藤先生のお考えを聞かせてください。
貧困の問題はお金が無いという側面だけでは片付けられません。世の中から排除されてつながりが失われることも貧困の重要な要素です。世の中から排除されるということは、社会サービスへのアクセスが悪くなり、社会のセーフティーネットから外れてしまうということです。そのため、貧困層の社会的なつながりをどう保つかということはとても重要ですし、これが健康格差解決の糸口の一つになると考えます。
例えば、最近研究員の谷友香子さんと一人で食事をすること、つまり「孤食」の健康への影響について高齢者10万人の追跡データを使って検討しました。その結果、男性の場合は独り暮らしで孤食の人が最も問題を抱えていることが分かりました。野菜の摂取量が少なかったり、肥満や痩せであったり、うつ病になるリスクが高かったりしたのです。一方女性の場合は、同居者がいるのにほぼ毎食一人で食べているような人が一番リスクを抱えていました。人とのつながりと健康との関係は、男女で大きく異なることが知られています。(※2)
このような研究結果を基に、閉じこもり対策を始めた地域があります。熊本県御船町(みふねまち)では、最近、住民主体でお弁当を作り独居の高齢者などに配食するサービスを始めました。しかし配食しただけでは一人で食べることになります。そこで、「たまには皆でご飯を食べましょう」と呼びかける「会食」を企画したのです。その時はお弁当代を少し安くしたそうです。お弁当を食べに来てもらうことで、普段閉じこもりがちで周囲とも長年疎遠になっていた人たちが、久々に地域の人と再会したり、新しいつながりを持つことができたりしたそうです。目当ては「お得なお弁当」だったかもしれませんが、動機はともあれ、そこで新しいつながりが生まれることはとても大きな効果だと思います。
このような会食イベントなどの運営には、地域のボランティアの方々が活躍しており、本当に頭が下がります。しかし少し懸念していることもあります。元気で活動的なボランティア人材が不足しているため、今活躍しているボランティアの方の仕事が増えてしまい疲弊している、という状況を聞くことがあります。善意でしている人たちはつながりが大切だからと頑張ってくれますが、やる気のある人ばかりが多くのことを抱えてしまうような仕組みのままでは長く続きません。
-では、どのようにしたら長続きする仕組みが作れるでしょうか?
行政がそのような活動を住民に「丸投げ」するのではなく、しっかりと支援することが大切だと思います。例えば、住民団体やNPO法人の立ち上げ支援に自治体が予算措置を講じたり、補助金等で支援したりといったことを十分にしてほしいです。ボランティアも無償よりは報酬があったほうがいいですし、可能であれば地域の「つなぎ役」になる人を行政がしっかり雇用し、職業として行ってもらうことも求められるのではと思います。新しい地域包括ケアの仕組みづくりを進めるためには、それに見合ったお金や資源の使い方があると思います。
行政の保健担当者が主体となって健康格差改善のための街づくりを進めている興味深い例を挙げましょう。足立区は「足立区の健康寿命は、東京都の平均より2歳短い」という、これまでの自治体だったらまず公表しないような事実をあえてさらけ出して、対策の必要性を皆に理解してもらい、様々な機関との連携によりユニークな取り組みを進めています。
例えば、「ベジタベライフ」という糖尿病予防の活動があります。区内約650の飲食店に呼びかけて野菜たっぷりメニューを作ってもらったり、様々な企業や団体と連携して野菜を身近に感じてもらうイベントを開催したりしています。一人暮らしの男性など、なかなか野菜を食べたくても食べられない状況の人が、野菜を自然と食べられるような環境を整備して、糖尿病の予防につなげようという戦略です。飲食店や商店街なども、このキャンペーンに関連して売り上げが伸びたなど、互いにwin-winの関係が生まれているということです。先ほどの熊本県の会食サービスも同様ですが、人が必ず日に数回行う「食べる」という行為に着眼しているのも「鋭いなあ」と感心します。
足立区の活動はまだ道半ばですが、これまで多くの自治体がやってきたような「健康のために努力しましょう」と、知識を普及させ啓発するだけの活動とは一線を画しています。都市部での健康格差対策のモデルになると思います。
公衆衛生と臨床現場の知恵とスキルを合わせる
-医療現場にいる医師たちができることはないでしょうか?
医療機関も外に出る時代が来ていると思います。病院と診療所は通常患者さんが必要と思って訪ねてきてくれないとケアをできないですよね。しかし、もっとおせっかいを焼くべきだと思うのです。つまり病気でない人も含めて、地域の健康に地元の医療機関が責任を持つような活動をすることが大切ではないかと思います。例えば、医療機関にはカルテ情報や医療費の請求情報といった「ビッグデータ」がたまっています。うまく活用すれば、患者さんが住む地域全体の病気の状況や、通院の傾向の地域差などがよく分かるはずです。そのような「地域診断」の結果に基づき、より効率的で公平な診療や健康づくりの活動を展開していけると思います。
また、目の前の患者さんをどうケアするかだけでなく、その患者さんの社会的な背景をイメージして、地域や社会全体の利益にもなるようなケアの選択をするという視点も、医療従事者に求められていると思います。例えば、その患者さんのために100%よかれと思った治療が、地域や社会全体としてはよくない場合があります。保険診療だからといって、高額な検査をむやみに行えば、社会全体の医療費が底をついてしまい、医療制度自体が崩壊しかねません。そうなれば、巡りめぐって目の前の患者さんにとっても、将来不利益が生まれることになります。診療行為には、社会全体を見据えた経済性や公正性が求められています。
―最後に、近藤先生の目標や展望を教えていただけますか?
医療との関係で言うと、最近は総合診療医や家庭医といったプライマリケアを専門とする先生方との連携を深める活動をしています。臨床の先生たちと私たち社会疫学や公衆衛生の専門家、それぞれの知識とスキルを合わせれば、健康な街づくりに大きく貢献できるのではないかと思っています。医療従事者や研究者が公衆衛生と臨床の現場とを活発に行き来できる仕組みも作りたいですね。医療機関で働く多くの方々から、診療データをどうまとめたらいいのか、という悩みの声を聞きます。交流の機会や人材育成の機会を増やせたらと思います。
日本が世界一の健康長寿国になった理由の一つに、住民と医療者が密に連携して日本各地で健康づくりを進めてきたという経緯があると思っています。古くは結核などの感染症予防や、安全なお産といった衛生の問題が課題の中心でしたが、現在の課題は少子高齢化や慢性疾患の健康格差など、多様化しています。データを活用して対策に優先順位を付けることが必要です。そしてこれらの新しい課題に立ち向かうべく、地域と医療者との連携の力を強めていくべきではないかと思います。
※1)Hirai et al. Distance to retail stores and risk of being homebound among older adults in a city severely affected by the 2011 Great East Japan Earthquake. Age & Ageing, 2014 (DOI: doi: 10.1093/ageing/afu146)
※2)Tani et al. Combined effects of eating alone and living alone on unhealthy dietary behaviors, obesity and underweight in older Japanese adults: Results of the JAGES. Appetite, 2015 (DOI: 10.1016/j.appet.2015.06.005)
インタビュー・構成 / 北森 悦