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INTERVIEW

国立保健医療科学院 生涯健康研究部 母子保健担当 主任研究官

産婦人科、公衆衛生

吉田 穂波

妊娠出産は奇跡の連続。だからこそ守りたい

 もし災害が起こったら、妊娠中の女性やまだ子どもが小さい親子に対して、地域ではどんな対策がとられているのでしょうか。ハーバード大学に留学し公衆衛生学を学ばれた、産婦人科医の吉田穂波先生が東日本大震災の被災地で目の当たりにしたのは、災害時には妊産婦・幼児への支援体制が整っていないという状況でした。

 「私は産婦人科医ですから、妊婦さんが大好きなんです」と笑顔で語って下さった吉田先生。ご自身も4女1男の母であり、日本、イギリス、ドイツ、アメリカと、各国で勤務・研修・留学される中、出産と育児を経験されました。国際的な立場で母子保健向上に尽力されている吉田先生に、現在取り組まれている災害時母子救護プロジェクトと、その活動にかける思いについて伺いました。

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災害時に妊産婦と子どもを守る

―先生が取り組まれていることについて教えてください。

一番尽力しているのは、「どうやったら災害の時に妊産婦と子どもを守れるか」ということです。

 東日本大震災の時、私は被災地で産婦人科医として支援活動をしていました。その後、被災地での妊産婦と乳幼児の現状をまとめていたのですが、それを東京都文京区主催の集会で報告する機会がありました。その時に「文京区でも災害の時のための対策を立てましょう」という話になり、行政の方々と防災ワークショップを行いながら地域に必要な対策を考え始め、その活動が他の自治体にも広がっていくようになりました。

 ワークショップでは、静岡県でつくっている「HUG(=hinanzyo unei game:避難所運営ゲーム)」というものなどを使いながら、災害時、避難所に行った時に母子を含めた地域の方々にどう対応していけばよいかを参加者が学んでいきます。ゲーム形式なので結構盛り上がって、毎回皆さんとても熱心にやっています。そして、一度参加された方が次々と色々な方に「一緒にやろうよ」と声をかけワークショップに連れてきてくれるので、助産師さんや大学の先生、病院の産婦人科医の先生、開業医の先生、行政の方、教育機関の方、消防署の方など、それまで接点のなかった方々が顔見知りになり、お互いの関係が築かれていきます。

 せっかく良い調査研究が行われても、報告書がまとめられて配られたり論文が発表されるのみで終わることが多いのですが、その調査結果をどのように活用するのか、それを元にして実際の地域でどのように考え動くのか、というように、住民の行動を変えるような一歩先の研修や教育を行うことが大切だと思っています。私自身も、皆さんの議論が盛り上がって、活発に発言されていくような場づくりをしていくことが好きですし、私自身が励まされワクワクします。顔の見える関係が大事とよく言われながらも、どうしたらそのような関係が築けるのか、方法が知られていませんでした。でも、このような勉強会や研修をしながら体を動かしてみると、初対面だった方々が平時から助け合い、協力し合い、どんどん仲良くなっていきますから。

 このようにして防災ワークショップを重ねていく中で、既存の防災袋や母子のツールだけでは、いざという時に足りないものや情報が多いことに気づきました。そこで「あかちゃんとママを守る防災ノート」という小冊子をつくり、母子健康手帳と一緒にお渡しできるようにしました。

 子育てに忙しいお母さん方にはなかなか防災に関することまで手が回りません。そういうわたしもあの震災が起こるまでは他人事でした。何か起こってからでないと考えもしないようなことというのは意外とたくさんあります。例えば母子健康手帳も津波で流されてしまうかもしれないので、大事なページをスキャンしてクラウド上に保管しておいたり、妊娠中だと普通の防災袋に入っているようなものは食べられないかもしれないので、すっぱめのキャンディなどといった自分の好みに合ったものを入れておいたり。妊娠・出産をきっかけに、この防災冊子をチェックしてもらうことで、災害時のためにどんな備えが必要かを知り、考えてもらえればと思っています。

―震災後は現地でどのような活動をされていたのですか。

 ママ友同士が集まって、癒されたり元気になれたりできる場所が必要だと考え、児童館を借りたり企業から寄付を募ったりして、妊産婦と子どもたちが集まれる場所をあちこちにつくるお手伝いをしました。私がサポートしていた石巻市では、もともとママサークルが10カ所くらいあったのですが、リーダーの方の安否が分からなかったり人が集まらなくなったりしたことで、お母さんたちが集まる場所がなくなってしまったのです。震災後、色々なスタイルのカフェ、つまりは交流の場があちこちにできてはいたのですが、子連れで気軽に行けるところというのはなかなかありませんでした。お母さんたちが元気になれるような交流の場をつくるためには、気がねなく子どもを連れて行けて、授乳スペースに気を使わずに済むような環境が必要でした。

 また、無料で妊婦さんたちが助産師さんのところに相談にいけるように、集めた寄付金を助産師さんに毎月送り、母乳外来や育児相談などに対応してもらえるようにしていました。東北地方ではもともと産婦人科の医師が少なく人手が足りなかったので、被災地外から、約50人の助産師、15名の医師をかわるがわる被災地に派遣し、現地の開業医さんたちが休めるような体制づくりもしていました。

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PROFILE

吉田 穂波

国立保健医療科学院 生涯健康研究部 母子保健担当 主任研究官

吉田 穂波

1998年三重大学医学部卒業。聖路加国際病院で臨床研修ののち、2004年名古屋大学医系大学院にて博士号を取得。その後、ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性の健康に特化した女性総合外来に携わった。2008年にハーバード公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生修士号を取得。同大学院のリサーチフェローとして、少子化対策に関する政策研究に取り組む。帰国後、東日本大震災では妊産婦や乳幼児のケアを支援する活動に従事。現在、国立保健医療科学院において、研究者の育成、災害時の母子保健システムに関する研究、国の政策提言等に貢献している。4女1男の母。著書に、『「時間がない」から、なんでもできる!』(サンマーク出版)、『安心マタニティダイアリー』(永岡書店)がある。

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