病院の価値は診療だけではない
-現在は、どのような活動をしているのですか?
父の代に開業した相良病院をはじめ、その他3つの病院経営、そして業務提携した2つの医療機関をグループ化することで運営に携わり、グループ全体の経営戦略を考えていくのが主な仕事です。また患者さんのニーズを知ったり、各医療機関で働くスタッフとの信頼関係を保ったりするために、全ての医療機関で外来も担当しています。
経営的観点から病院を見るとき、私は「企業」という言葉を使います。企業は自らの価値を高め、その価値を顧客に買ってもらい利益を得るとともに、さらに価値を高めていきますよね。同じような視点を、病院経営でも持っているべきだと思っています。病院と言うとどうしても診療に目が行きがちですが、効率や経営も含めて、「病院」の価値なのです。
-そのような視点はどこで身につけられたのですか?
私が大学を卒業する時、父の経営する病院の医師が父1人になってしまいました。そのため、大学病院に入局せず、すぐに父の病院で働き始めました。
外来では患者さんが診察室に入る前に、父が来て「この患者さんはここに病気があるから、こう説明してこの薬を出しなさい」と全てを教えてもらいながらやっていましたね。薬も全然分かりませんし、臨床経験がないまま外来に出されるわけですから、すごく大変でした。
しかし大学病院に行かず、しかも医師になりたての時から病院経営を間近で見ざるを得ない状況に置かれていたため、経営的視点が身についたのではないでしょうか。日常的に「こういう視点が足りないのではないか」「患者さんにとってこういう考え方が必要なのではないか」ということが、外来をしていてもよく目に留まりました。そんなところに気づく環境にあったということです。
―相良病院の価値を高めていくために行ってきたことを教えてください。
まず、離島医療を継続的に行い社会医療法人となり、その後「特定領域のがん診療連携拠点病院」として国に認めてもらうとことから始めました。
高度な医療を提供できるのは大学病院かもしれませんが、乳がんに関しては一民間病院である相良病院もそれに匹敵する質の高さを保った医療を提供できます。そこで3年間、厚生労働省と話し合いを続け、認定していただきました。
がん診療連携拠点病院等の一覧表(厚生労働省 平成28年4月現在)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000103155.pdf
最初はゼロからの交渉でしたね。飛び込みで厚労省の担当官のもとへ行き、「大学病院だから『がん拠点病院』というのはおかしい。民間の単科病院でも、質の高い医療をやっているところは、拠点病院に入れてほしい」とプレゼンし続け、全国で初めて認定していただきました。
「地域医療連携推進法人」を見据えた病院経営統合
―他の医療法人との業務提携を進めているも伺いました。
はい、他の医療法人と提携して、グループ化を進めています。他の医療機関と提携を組むことは双方にメリットがあります。相良グループとしては企業価値を高められる、提携する医療法人としては経営面のサポートを受けられるということです。現在、2つの医療法人と提携しています。
初めて提携した宮崎県にある医療法人ブレストピアは、乳がん症例数が全国第15位、相良病院は全国第4位とそれぞれ有数の乳がん手術数を誇っていましたが大都市のがんセンターには敵いませんでした。今回のグループ化により相良グループととして全国第2位、相良グループの価値を高めるには、患者数の多さが必要不可欠でした。
ブレストピア側のメリットとしては、薬の仕入れや銀行金利、経営手法など、診療以外の機能を全て相良グループの本部が担ってくれるという点です。昨年1年間で3億円の経営改善が見られ、黒字化しました。
また、2015年3月に鹿児島市の医療法人真栄会新村病院と「ヘルスケア・パートナーズ・ネットワーク」を開設しました。両法人の本部機能を統一し経営ノウハウを提供する代わりに、放射線治療や緩和ケアの必要な患者さんはこちらに紹介してもらうことにしています。そうすることによって経営効率を高め、お互いのブランド力を向上させています。
さらに鹿児島県内の乳腺クリニックからも、経営がうまくいかないから買ってほしいという依頼があり、そのような医療機関を吸収してくことも始めました。県外でも、新しく相良グループの病院を立ち上げたいと言ってくれている先生がいるので、有床の乳腺クリニック設立の準備を進めています。
―医療法人のグループ化は「地域医療連携推進法人」を見据えているのですか?
そうです。ただ私たちはすでにグループとして機能していて、地域医療連携推進法人で想定されている内容と同じことを行っています。ですから仮に地域医療連携推進法人が制度として確立され認定されても、国から認められた正式な名称がつく程度の違いしかありません。
ただ、もし本当にこれが制度化したら、できるだけ早い時期に設定していただけるように細部を整えています。このように変わり続けていくことが、またそれが価値を高める要素になりますから。
相良流「病院」経営論とは
―その他に現在進行中の活動はどのようなものがありますか?
1点目は、総合診療医のいる離島に乳腺外科医を派遣する活動を、へき地医療に認めてもらうことです。社会医療法人として相良病院の乳腺外科医を、鹿児島県薩摩川内市に属する甑島へ定期的に派遣しています。この島は医師がいないので「へき地医療」に該当します。ところが徳之島や奄美諸島、沖永良部島に乳がんの医師を派遣するのは「へき地医療」と認められず、現在、完全に非採算事業です。それらの島に医師はいますが「乳がんを専門的に診られる医師」はいません。そのため「乳がんのへき地」です。この取り組みを事業化するため、各方面に働きかけています。
2点目は、遠隔医療を進めています。東京・品川のオフィスに相良グループのCT、MRI、マンモグラフィの画像を飛ばし、読影後返送する仕組みを作りました。今後、病理診断もできるように計画しています。
またへき地や離島と品川オフィスをつないだ遠隔診療を始めようとしています。患者さんのもとには現地の看護師さんがいるので血圧測定などをお願いし、薬の処方や、専門医への紹介などを、品川オフィスにいる専門の医師に行ってもらう予定です。最初は総合内科だけなので主に生活習慣病を診ることになると思いますが、今後は専門科目を広げていく予定です。
―最後に相良先生が考える「経営」とはどのようなものか教えていただけますか?
経営のために、突飛な医療をやろうとしてはいけません。医療者としてはまず、しっかりとした科学的根拠にのっとり質のいい医療をする。そして、いまは科学的根拠がなくても医療にとっては大事なところ、例えばへき地医療や患者さんの就労支援問題、患者さん家族の支援などを行う。保険制度外で収益性はないですが、乳がん治療をしていくためには必要な部分です。そのような非採算性事業、社会貢献までストーリーを持って行っていくことが、ブランドとなっていきます。そして、ブランド力を高め、さまざまな企業との交渉力を持ち連携していく。これが私の考える経営です。
よく聞かれるのが、スーパードクターを雇用したり、最新鋭の医療機器を導入したりしてスーパースターを作るというもの。確かに患者さんは来ますが、その先生がいなくなったときや、他の医療機関にその医療機器や技術が導入されて一般化されたとき、その病院の価値は一気に落ち回復できません。そのような形式ではなく、病院全体をきちんとブランドとして作り上げることが大切です。その時に必要なのが、非採算性の活動や国の制度を反映させること、あるいは自らの活動を通して制度を作ること。「こういう医療がいい医療だから、こういう制度を作ってください」という政策への介入など、それらが大事だと思います。
(インタビュー・文 / 北森 悦)