胎児治療の1つ「EXIT」に関連する研究を進める
―現在、どのような取り組みをされているのですか?
私の専門は、「周産期医療、胎児診断・治療」です。胎児治療では、お腹の中にいる赤ちゃんの病気を生まれてきてから治療するのではなく、お腹の中にいる段階で治療をします。胎児内視鏡を用いての負担の少ない手術から、負担は大きいですが子宮を切開して胎児に直接手術を行う治療まで、さまざまな種類があります。
そのうちの1つに「EXIT」という手技があります。EXITとは、帝王切開で胎児を分娩するのですが、その際に赤ちゃんの顔だけを出し、お臍を切らずに胎盤からの血流を維持したまま治療を行う手技です。つまり、胎児の顔はお腹の外に出ているのですが、まだ胎内にいるような状態なので、呼吸もしませんし泣きもしません。
その状態でどんな治療をするかというと、先天性上気道閉鎖症や小顎症などで自然呼吸が困難な赤ちゃん、先天性横隔膜ヘルニアや先天性疾患のため自発呼吸を起こさず人工肺の導入が必要な赤ちゃん、先天性肺気道奇形や肺分画症などのため人工呼吸管理下で手術が必要な赤ちゃんの気管に管を入れ、気道確保するのです。
私は現在、昭和大学横浜市北部病院の産婦人科で勤務しながら、小顎症などの胎児に対してEXITを検討するときに、肺低形成の有無が確認できないかということをテーマに研究を進めています。
―なぜ、それを研究テーマにしているのですか?
2013年に出会った、1人の赤ちゃんとそのご家族がきっかけです。それまでは産婦人科医として8年程勤務していましたが、EXIT自体も知りませんでした。
施設初のEXITを完遂
―その赤ちゃんとご家族、そしてEXITに出会うまでの経緯を教えていただけますか?
私は、祖母の譫妄(せんもう)をきっかけに医師を目指したので、精神科に進むつもりだったのですが、初期研修先の病院で救急医に魅了され、救急医を目指して勤務していました。
ところが、日本の救急医が産婦人科系の患者さんを診ないことに、大きな違和感がありました。「ジェネラリストと名乗っているのに、妊婦さんを診ないのはおかしいのではないか?」と、憤りに近い感情を覚えました。そこで自分が産婦人科医として数年研鑽を積み、産婦人科も診られる救急医になればいいと考えたのです。
そして、初期研修医の時に指導していただいた産婦人科の先生がいらっしゃる大学産婦人科医局に勤務することを決意、そこで大きな転機となる赤ちゃんとご家族に出会ったのです。
―その赤ちゃんとご家族のことを詳しく教えていただけますか?
初めての妊娠でできた赤ちゃんに小顎症があることが分かっていたのですが、ご両親は「その子がどうであっても産み育てたい」と、ゆるぎない強いお気持ちを持っていました。小顎症の場合、生まれてきても自分で呼吸ができず、そのまま亡くなってしまうことも多いため、自然分娩の後お看取りということが多いです。しかしこのご家族の熱意には、私自身も熱意で応えなればならないと思いました。
そこに、同病院の小児科の先生から「この症例は、EXITでないと対応できないのではないですか?」と言われ、その時、初めてEXITを知ったのです。
当時、私が勤務していた病院は、胎児に対する治療を実施している施設ではなく、当然誰もEXITの経験はありませんでした。しかし患者さんの気持ちに応えるため、私はEXITという手技があることを患者さんに説明しました。「ぜひ治療を受けたい」と答えが返ってきたので、「こちらでできるように、万全の環境を整えます」と約束をしました。この時点で、EXIT実施予定の約1カ月前。当日まで、言葉通り寝る間を惜しんで必死に準備しました。
―実際に、EXIT実施まではどのように準備を整えたのですか?
まず、SNSを利用してEXIT経験のある医師がいないか声をかけました。そこで連絡をくださったのが岩手医科大学の菊池昭彦教授で、菊池先生を招聘して、シミュレーションを行いました。
また、この治療は産婦人科医だけではできないので、他科の先生に協力を仰いでチームを編成しました。EXITを行うには、産婦人科が帝王切開で赤ちゃんを取り出し、臍帯を切っていない状態で小児科医が赤ちゃんに気管挿管をします。気管挿管ができないほど気道が狭ければ、小児外科医か耳鼻咽喉科医が気管切開して呼吸ルートを確保します。この一連の治療を行うために母体にも赤ちゃんにも麻酔を深くかけるので、麻酔科医との入念な打ち合わせも必要でした。
当日は朝8時に始まり、15時ごろまで続き、気管切開による気道確保でEXITを完遂することができました。
小顎症胎児の肺低形成予測の研究を進め、EXITの認知を広める
―初めてのことばかりの環境でEXITを完遂されたのですね。
確かに、胎児の気道確保を目的としたEXITは完遂しました。ところが、結果として赤ちゃんは亡くなってしまいました。
原因は肺の低形成。赤ちゃんは週数的に十分育っていたのですが、肺だけが妊娠24週相当だったのです。つまり気道確保はできたのですが、肺が膨らまなかったのです。肺が24週相当では、いくらEXITを実施して気道確保ができても、赤ちゃんは亡くなってしまいます。
肺低形成がもっと早い段階で分かればケアの面で異なった対応ができたのですが、残念ながら今の医療技術では分かりません。なぜなら、顎が小さいと肺の成長に必要な羊水を飲み込めず、子宮内の羊水量が多くなり、赤ちゃんの肺まで超音波が届かないからです。また、MRIでも肺低形成と診断するのは難しいです。
親御さんは、「1時間も生きられなかったけど、それがこの子の運命だったのだと思います。最善を尽くしてくれて、大変感謝しています」とおっしゃってくれましたが、私自身は全く納得できませんでした。
肺低形成があらかじめ分かれば、母体リスクが高くなる帝王切開をしなくて済みましたし、お腹の中にいる時も、生まれてきてからも、赤ちゃんと過ごす1分1秒を大切に過ごせるような時間の使い方を提案していくことができたはずです。
患者さんの求めていることを、今の技術でできる可能性が0.1%でもあるなら、「できない」と言わずに医師としてあらゆる勉強をしてやるべきだと考えています。この患者さんと出会ってEXITの実施を約束し、実際に成功させることもできました。しかし、事前に肺低形成を知る術がない現状を何とかして改善して、よりよい治療法を模索したいと強く思ったのです。そのために、私は今の研究を進めています。
―研究の進捗状況はどうでしょうか?
関東連合産科婦人科学会から助成金を得て、その学会を通して関東でEXITが実施された13症例のMRI画像を送ってもらいました。この13症例は全てEXITを完遂していますが、肺低形成で亡くなった赤ちゃんが1人含まれています。これらの症例が行われた8施設全てに足を運び、執刀医にインタビューを行い、全13症例のデータ解析まで終わったところです。
今後は肺低形成で亡くなった1人にもしっかり光を当て、本題である肺低形成の予測について研究を進めていきます。そして全国規模に拡大するために、さらに多くの症例が集めていこうと考えています。
今年に入って半年のうちに、EXITに関する招待講演や発表の機会を5回程いただきました。これまで切り込んだことがあまりない内容だからだと思いますが、私が初めてEXITを知った2013年に比べると、認知度と関心が高まってきていると実感しています。だからこそ、EXITの認知をさらに広めたいとも思っています。
もちろん中規模以下の医療機関でEXITを行うのは困難です。しかし、EXITを知っていれば、実施可能な医療機関への患者紹介が可能です。さらに、私に初めてEXITを教えてくれた小児科医のように、他科の医師も「こういう方法があるのだ」と知ってくれていると、EXITの実施が適切な患者さんにそれを提供できる可能性が広がります。
10年、いえ、20年もかかるかもしれません。しかしながら、最初に出会った患者さんのお気持ち、EXITを完遂したのに赤ちゃんが亡くなってしまった悔しさをバネに、研究に粘り強く取り組み、EXITの認知も広げていきたいと思っています。