他の診療科の知識をアップデートできない
ー今、挑戦していることを教えていただけますか?
私たちの会社、アンタ―株式会社では「つながる力で医療を支える」ことを理念に、医師同士が相談できるアプリケーションを開発しました。医師1人だと、診ることのできる患者さんが限られますが、医師がネットワークをつくってお互いにコミュニケーションを取ると、多くの患者さんの要望に応えることができます。
ネットワークをつくって医師同士がコミュニケーションを取ることで、目の前の患者さんに対して「後ろには多く医師がいる」という世界観がつくれるのではないかと思い、アプリを作りました。
ーそのようなことを考えたきっかけは何だったのですか?
きっかけは医師4年目の時。整形外科医として外傷が少しずつ診られるようになってきましたが、病院では内科の患者さんも対応しなければいけない状態でした。しかし初期研修を修了して2年も経っていると、ガイドラインが変わっていたり、糖尿病などの薬のことも全然分からなくなっていたりして――。整形外科の道を進むにしても、他の診療科について、常に自力で知識をアップデートしていくことは無理なのではないかと思ったのです。そして、他の医師と情報共有や相談し合えることが大事なのかもしれないと考えて、活動を始めました。
個人LINEで整形外科相談から始めた
ー最初はどんな活動を始めたのですか?
活動を始めた当初は、本当に手探りでした。ちょうどキュレーションサイトが出てきた頃だったので、何か医師向けのまとめサイトを作ったらいいかいもしれない、と考えていました。3カ月程どうやったらまとめサイト作れるのか、自分で記事を書き続けるのは限界がある、などと試行錯誤を続けていました。考えては相談することを繰り返していく中で、医師は普段から勉強会などのスライドを数多く作っているので、それをまとめたらいいのではないか、と思ったのです。それが2年前でした。
それからさまざまな先生方に「先生、勉強会のスライドを下さい」とお願いして回りました。何人かの先生は協力してくださいましたが、「集まったらいつか出すよ」と言われることが多かったです。
-順調な道のりではなかったのですね。
「君、誰なんだ」「君、運営できるの?」「管理できるの?」「大丈夫なの?」など、さまざまなことを言われましたね。皆さん「頑張れよ」とは言ってくれるのですが、勉強会のスライドは、なかなか集まりませんでした。
そのような状態が続いていたある時、自分は先生たちに「情報下さい」とは言うけれど、自分の価値を提供出来てない、と気付いたのです。自分の知識や作ったスライドが役に立つか分からない、という思いもあったんですね。しかしながら、そんなことも言っていられないので、整形外科医の自分が内科の先生たちに、整形外科のプライマリーな所を教える勉強会を始めてみました。
ちょうど同時期に、同学年の先生が在宅診療をやりながら、複数の診療科の勉強会などを開いていました。その先生に何か協力すべきことがあるはずだと考え、整形外科の講師として協力させて頂くようになったのです。
その後、内科の先生が整形外科のことで分からないことがあるとき、すぐに整形外科医に聞けたら便利なのではないかと思いついて。自分のLINEアカウントを内科の先生100人程に公開して、「24時間365日いつでも即レスします」ということを始めました。それが結構好評だったのです。LINEでは、レントゲン写真が送られてきて「これ折れてますかね?」「ギプスの巻き方どうですかね?」などの質問が来ました。他にも「骨粗鬆症の薬の使い分けってどうしていますか?」「これは三角巾でいいんですか。何がいいんですか?」というような相談が、1日1件くらい来ていました。24時間365日と言っていたので、当然、夜中に返信することもありましたね。
このように内科の先生からの質問に答えていたら、どんどん仲間が増え、「いいじゃん、先生いいじゃん」と言ってくれるようになってきたのです。そして「内科のことで困ったら、聞いてよ」と言ってくれるようになり――。これなら、お互いにコミュニケーションが取れるサービスを作れるのではないか、と思うようになりました。そのタイミングで、ちょうどIBMが行っているアクセラレーションにも応募して採択されたので、サービスづくりを本格的に始めました。
医師1000人が参加するアプリ
ーそこから、今挑戦しているアプリにつながっていったのですね。
そうです。現在はAntaa QAというアプリケーションで、医師同士がコミュニケーションをとり、お互いに質問に答え合うという形になっています。参加者は招待制。全員実名で登録していて、現在約1000人の医師が参加しています。
誰かが「この皮膚どうなんですかね?」と聞いたら、皮膚科の先生が答えてくれます。また、先日は夜中に、救急の内科の先生が「若い女性の腹痛なんですけど、チョコレート膿胞ですか?どうですかね?」と質問を投げたら、7分後に大阪の産婦人科の先生が返信してくれ、さらにその10分後、また別の産婦人科の先生が返信してくれて――。これで人が助かっていくんですよね。これこそ私がやりかったことだったので、このやりとりには感動しました。
患者さんの目の前にいる医師の後ろには、たくさんのさまざまな医師がいて、その集団によって人が助かる。このような医療を、今以上に広げようとしています。
ーAntaa QAで現在、一番解決できているのは、どのような課題だと思いますか?
実際に医師同士がコミュニケーションを取ることで、現場の患者さんが助かっています。助かるべき患者さんが確実に助かる。これこそが課題解決になっていると思っています。
ー相談内容は、何が多いのですか?
「この患者さんをどうしたらいいですか?」という、症例に関する内容が多いですね。内科の先生がマイナー科に関する質問をされることが多いです。もちろんその逆もあります。あとは、血糖コントロールの際に、どのようにしてインスリンを使い分けたらいいかなど、知っていたら役立つノウハウですね。
ー今後の展開はどのように考えていますか?
現在、質問に答えてくれる先生方に対してインセンティブは発生していません。熱心に解答してくださっている先生には、勉強会の講師になっていただいたり、医療系出版社の方に紹介させていただいて、雑誌にその先生の連載記事を掲載してもらったり、インタビュー取材を受けていただいたりしていますが、皆善意で解答してくれています。今後は、解答してくれる先生方がより喜ぶように、例えば、どれだけ周りの医師から評価されているかを見えるような形にするなど、インセンティブとは少し違った形で還元できたらと考えています。
そのようなものができれば、より多くの医師に参加してもらえるのではないかと思っています。現場の医師がより多く参加してくれて、医師同士がつながれば、患者さんの命をつなげていくことができる。今以上に、そんな世界にしていきたいと思っています。
(インタビュー・文/田上 佑輔、編集/北森 悦)