社会的課題を解決できる人材を育てたい

―現在、どのようなことに取り組んでいるのですか？

福岡県の飯塚病院で緩和ケア科部長として、患者の診療から研修医の教育・育成、部門の運営に至るまで、多岐にわたる業務に携わっています。緩和ケア科の医師は私を含めて7名です。

飯塚病院は急性期病院なので、緩和ケア科の大きな役割の1つは、入院患者を自宅に帰すサポートです。そこで取り組んでいるのが、連携している中規模病院の頴田病院や在宅医療専門クリニックの訪問診療に、私たち飯塚病院緩和ケア科の医師が行くこと。このシステムのメリットは、飯塚病院から退院した患者さんの在宅診療を、入院中から診ていた私たちが行けることです。患者さんにとっては、入院している時から診ていた医師が診察するので、目に見える形で継続した関係性を提供でき、患者さんにとっては安心した治療を受けることができます。また再入院するときも、スムーズに入院手続きが行えます。

もちろん、在宅診療を行っている病院やクリニックは、新規患者の紹介を受けるのは重要なのですが、当然患者数が増えれば増えるほど医師の負担は増していきます。そこで、患者さんが医師付きで紹介されてくると、地域の病院やクリニックの負担は増えません。

飯塚病院緩和ケア科の医師が7名いることで、このように患者さんやご家族、さらには在宅医療従事者にとって価値の高いモデルを提供できていると思っています。

―研修医の教育・育成に関しては、どのようなことをされているのですか？

まず、緩和ケア科には若手医師があまり集まってきません。そして飯塚病院の研修医にとって、最も関心のあることは救急医療や総合診療です。そのため研修医に、緩和ケアに興味を持ってもらい、ちょっと見学に行きたいと思ってもらうような仕掛けが必要と考えました。

最初に手をつけたのは、若手の医師が短期研修できるためのカリキュラムの整備でした。当時は指導医も少なかったので、看護師や薬剤師など、緩和ケアに関わる様々な職種に教育に関わってもらいましたね。

最近では循環器領域の緩和ケアに注目しています。若手が多く、がん診療に関わらない分野だからです。がん診療をやりたくないと思っている若手医師にも興味を持ってもらえたら、緩和ケアを提供してくれる仲間が2倍になると考えたのです。ちょうど国でも、非がん領域の緩和ケア普及を目指す流れが出てきたタイミングでした。そこで、心不全緩和ケア普及に力を入れるようになりました。その後、研修医向けに「救急×緩和ケア」セミナーを開催。非常に反響がよく、今後も継続してセミナーを開催していく予定です。

このような仕掛けで若手医師に興味を持ってもらったら、今度は教育でも「緩和ケア教育のこの部分は、救急や総合診療でも活かせる」というメッセージを発信するようにしてきました。

例えば、患者さんとのコミュニケーションのトレーニングのためにロールプレイングを行いますが、当院ではこれを救急のロールプレイングで実施します。そうすることで、研修医が救急当直の際にも使えるノウハウになるわけです。それで「やってみてよかったら、後輩たちにも勧めてね」とお願いして、口コミで広まるようにしています。

また、若手医師たちに聞いていくと、緩和ケアに対して「おじいちゃん先生が患者の手を握りしめて診察している」イメージを持っていることに気付きました。彼らが自分自身で実践するというイメージが持ちにくいのですね。しかし、うまく興味を持ってもらい研修を受けてもらうことで、緩和ケアに対するイメージの変化にもつながっていると考えています。

3年程前から取り組み始めたこのような地道な活動の成果か、飯塚病院の緩和ケア科は医師が７人になり、緩和ケア科としては大人数と言える数になりました。

―患者さんにとって緩和ケア科は、どのような存在になるべきだとお考えですか？

緩和ケア科は「コンビニ」を目指すべきだと思います。

もともと専門性が高い緩和ケアは、患者さんにとっては特別なサービスという認識が強いと思います。後輩たちには「高級フレンチ」と例えて説明することがありますが、高額である代わりに必ず満足させる、そんなイメージだと思います。

しかし緩和ケアの存在意義は、たとえがんになって、万が一それが治らなくても、患者さんが叶えたい過ごし方がいつでも提供できるように、地域に根差したサービスを届けることにあります。「困ったら来てください」ではなく、もっとアクセスをよくする必要があるのです。アクセスのよさというのは、単に地理的に近いだけではなく、費用負担が許容範囲内であることや、心理的ハードルが低いことなどが全て整っているということです。まさにコンビニです。

それを実現するためには、内科医も外科医もそれ以外の多くの医師にも緩和ケアの知識を持ち、活用してもらいたい、そのために当院では、専門性は高くなくとも、ベースとなる緩和スキルを持った若手をたくさん育成して野に放つ。それをポリシーとして育成活動に取り組んでいます。

自分の強みを活かせる緩和ケア科に転籍

―これまでのキャリアを教えていただけますか？

高校生の時にしていたサッカーに医療で関わりたいと思い、スポーツの専攻があった筑波大学に入学したのですが、大学5年生の時、大学の先輩がいる飯塚病院の総合診療科を見学し、症状や病歴をもとに病名を考察して導き出していくプロセスに面白さを感じて総合診療に興味を持ちました。

その後初期研修では、救急外来トレーニングをしっかり積めることと、量ばかりでなく質も担保するために丁寧な指導をする教育方針に共感し、飯塚病院を選びました。研修修了後は、飯塚病院の総合診療科で後期研修を受けていました。

―そこから、緩和ケア科を目指すようになったきっかけは何だったのでしょうか？

ちょうど医師4年目の時、飯塚病院と提携している頴田病院から医師を派遣してほしいという話があり、私が行くことになったのです。

そこで、これまでとは全く違う視点を学ぶことになりました。頴田病院には、飯塚病院から患者さんが次々と転院されてくるのですが、なかには人生の最終段階に差し掛かった状態で「家に帰りたい」と希望しているのに、飯塚病院からは「帰れませんよ」と説明されて、こちらに運ばれてくるわけです。以前は私も送り出していたわけですが、やはりこれはおかしいなと感じたのです。本来ならば患者の希望を叶えて、自宅に帰し、私たちが訪問して診察すればいい。私たち医師の役割は「帰りたい」と言う患者さんを丁寧に、かつスピーディーにサポートしていくことだと、飯塚病院の外に出て初めて気づいたのです。

そんな時に飯塚病院で緩和ケア科が立ち上がり、これだと思いました。疾病構造上、緩和ケアは今後さらに地域で絶対的に必要になりますし、診療報酬やがん拠点病院の施設要件においても、重要な位置付けとなります。しかも多くの医師がやりたがらないので、必ず必要とされる存在になれるのではないかと考え、高いやりがいも感じられました。それに私は、患者さんを支えている看護師やソーシャルワーカーの邪魔をしないように、医療的な立場でサポートできることが、自分の強みだと感じていました。その強みをこの科なら活かしやすいと思い、後期研修の最後の年に緩和ケア科に転籍しました。

緩和ケア科のできることを増やす

―今後、新たに取り組もうとしていることはありますか？

飯塚病院の緩和ケア科として、同院の泌尿器科の医師と協力して、膀胱がんの化学療法に新しく取り組み始めました。抗がん剤治療で入院する際に、主治医を私たち緩和ケア科の医師が受け持ちます。

理由としては、泌尿器科の医師が外来診療や手術などをしながら、抗がん剤治療まで行うのが大変だということ。それと、これが最大の要因ではありますが、内科診療の一環として抗がん剤治療を緩和ケア科が受け持つことで、患者に抗がん剤治療ができなくなったときに、スムーズに緩和ケア科へ移行できるからです。というのも、これまでどのタイミングで緩和ケアに移行するべきか、悩む医師が少なくありません。しかし緩和ケア医が抗がん剤の治療は受け持つことで、治療ができなくなっても引き続き患者をサポートできます。

うまくいくところ、いかないところがあると思うのですが、それをしっかり振り返りながら、見込みがあればこの形を他の診療科へも広げていきたいと考えています。

―一人の医師としては、今後の展望をどう描いているのですか？

「老害化していかない」ことが大切かなと思っています。私は今年で37歳なのですが、今のポジションは、後輩も増え、プロジェクトを実行する仲間もいて、とても恵まれていて、ある意で私にとってとても楽な環境に身を置いていると思います。ただ私がいるから他のやり方ができなくなることはないように、と考えています。私がいなくなってもいいように、そのときまでに準備しながら、やっていく。そして、本当にいなくなった時に、もっと成長できたというのが、私は嬉しいですね。

また、これまで緩和ケア医としてキャリアを積む傍ら、MBAや社会福祉士を取得してきました。これらによって視野が大きく広がり、まだ具体的には考えられていませんが、自分のできることでソーシャルインパクトのある価値を生み出したいと考えるようになりました。医療現場に片足を置きながら、そのようなことにもチャレンジできたらと思っています。

（インタビュー・編集／北森 悦、文／西谷 忠和）