日本と海外のパートナーシップに投資する
—鹿角先生のGHITでの活動について教えてください。
公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金 (GHIT Fund。以下、GHIT)は、2013年4月に始動し、現在は第2期 (2018 – 2022年) です。第1期より、マラリア、結核、顧みられない熱帯病(NTDs)などの途上国感染症に対する治療薬、ワクチン、診断薬の研究開発に関わる日本と海外のパートナーシップに対して、投資を行っています。
日本には創薬分野におけるイノベーションがたくさんあるのにも関わらず、なかなか途上国の新薬開発には使われずにいました。そうした日本の可能性を掘り起こし、世界の研究機関とのパートナーシップ構築を支援することで、オープンイノベーションにより国際的な新薬開発を進めるのが私たちの役割です。
患者さんにいち早く医薬品を届けるためには、国内外の専門家と連携して評価・審査体制を整備し、優れた科学、創薬技術を用いた質の高い研究開発に投資し、進捗をしっかりとモニタリングすることが求められます。
GHITには「日本と海外のパートナーシップに投資する」という条件があることから、日本と海外の機関同士のパートナーシップ・マッチングを行い、イノベーションの創出を推進しています。
また、GHITの運営を維持するために、ガバメント・リレーションズも重要となります。我々の資金の約半分は外務省・厚労省から出ているので、政府からの予算が毎年確実に調達できるよう、各省庁の方々と密に連携しています。
—投資の対象とする疾患を限定するのはなぜですか?
それには大きく2つの理由があります。途上国で蔓延している感染症に対する創薬は、例えば生活習慣病やがん等の疾患に比べると、製薬企業にとってビジネスになりにくいため、なかなか研究開発が進まないという現実があります。だからこそ、GHITのような官民パートナーシップによって、途上国感染症に対する新薬開発を推進していく必要があります。
また、一般的に新たな治療薬を開発するためには、臨床試験のコスト等も含めると何百億円もかかります。GHITにおける最初の5年間の資金は120億円程度でした。この資金で最大限の成果を生むため、現在に到るまでマラリア、結核、NTDsに対する新薬開発を進めています。
日本発の技術で日本・世界に貢献したい
—医療と外交関係、双方に関心を持ったきっかけは何ですか?
小学生の頃にみた『大地の子』というドラマをきっかけに、日本を含むアジア地域に色々な問題があることを知り、世界ではどんなことが起きているのか、関心を持つようになりました。そして「日本に生まれ、その地域に属しているのだから、日本から世界に貢献したい」とも考えるようになりました。
中高生になってもその思いを強く持ち続けていましたので、海外に行くことができる機会をみつけては、がつがつ応募していましたね。中学の時は弁論大会をきっかけに米国・オレゴン州ポートランドへ行き、高校の時は読売新聞の作文コンクールで、オーストラリアのエコツーリズム研修に参加する機会を得ました。このような経験を通じて、健康は世界中どこであっても必要となる普遍的価値であるということを強く認識しました。そして医療を起点に、外交関係に関りたいと考え、東京大学医学部に進学し、その後、国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)にてお世話になりました。
当初、何科に行くか決めていなかったのですが、研修する中で救急分野に関心をもつようになりました。救急部の木村昭夫部長を筆頭に、働いている先生方の熱さや人間的魅力に惹かれました。また、医療分野における社会的側面も多く学べることに興味をもち、救急医療の現場を経験させていただきました。
その後、医療を起点に国際保健政策や外交に携わる方法を学ぶため、米国ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院へ留学をしました。
—その後、世界銀行に勤務されています。そこでは、どのような経験をしましたか?
米国滞在中のご縁から、世界銀行にて勤務することになったのですが、「こんなにも知らない領域があったのか」と気づかされ、驚きと感動を覚えました。携わっていたのは、国民皆保険に関する世界銀行と日本政府による共同研究です。
今の仕事に役立っていると特に感じるのは、国際機関の中での動き方、そして物事の決め方です。どんな組織にもヒエラルキーがあり、物事を動かすステップがあり、組織が大きくなるほどに動かしにくくなりますが、その中でいかに物事を進めていくか。国際機関であれば、立場も色々で、それぞれに思惑があります。
臨床現場においては、医療者は皆、「患者さんを健康にする」という基本的なところで共有するものがあり、前提としても同じ方向をみている。病院の方がシンプルだったように個人的に感じました。
その後、世界銀行の同僚を通じ、スリングスビー(現GHIT CEO)と知り合いました。
—GHITには立ち上げから参画されたそうですね。
当時、GHITはまだ組織として存在しておらず、スリングスビーが、「外務省や厚労省、製薬企業やゲイツ財団などを巻き込んで資金調達をし、途上国感染症に対する新薬開発を推進する」「新しい官民パートナーシップという形で日本のイノベーションを生かし世界に貢献する」と構想していた時期に誘っていただきました。このコンセプトは、私の興味にぴったりと合致するものでした。
日本には国際的に活用されうる技術やイノベーションがあるにも関わらず、売り込むことがあまり得意ではない、あるいは文化的な背景などから国際的影響力・プレゼンスを失っていることがしばしばあり、もったいない。「日本に生まれ、その地域に属しているのだから、日本の強みを生かして世界に貢献したい」という私自身の命題に直結していると感じました。
2022年までに、2つの製品化を目標に
—2018年より第2フェーズ。現在、注力していることを教えてください。
途上国感染症に対する創薬をさらに推進し、実際の製品(治療薬、ワクチン、診断薬)になるものを2022年までに2つ生み出す。これを中長期戦略として明確に定めています。現在までに70件以上のプロジェクトに投資し、臨床試験の後期段階に入っているものも複数あります。ただし、全てが上手くいくわけではありません。製品ができてはじめて、途上国に医薬品を届ける第一歩となるのです。
その実現にはさまざまな努力が必要となります。例えば、今後は共同投資による戦略的なパートナーシップがさらに重要となります。具体的には「leveraging factor」を1.4から2にしたい。この数字は、過去5年間の共同投資の比率を示します。我々が1とすると、外部機関による投資が0.4。今後は、これまで1.4だったものを2.0にもっていくことが目標です。
投資する組織のミッションや戦略は多岐にわたり、なかなか一致しない場合もありますが、我々のプロジェクトの中には、日本からはGHIT、またヨーロッパの機関からも共同投資を受けている例があります。それぞれの組織における戦略が重なり合い、複数機関から投資を受けることにより、研究開発を持続的に推進する。このケースのように、複数の組織にとってwin-winとなるケースをいかに構築していけるかが課題ですね。
—最後に今後の抱負をお聞かせください。
私たちが取り組んでいる、途上国感染症という領域においては、研究開発に対して投資する機関がそもそも限られているという現状があります。GHITの官民パートナーシップによる感染症新薬開発というビジネスモデルは、これまで世界的にも例がありませんでした。前例がない分野において、さまざまな機関と連携し、戦略の構築と実行を行っていく。ここを体系的にいかに進めていけるかが重要です。
新しい価値を創出していくことには、チャレンジとしての面白さもあります。私たちが、感染症問題を解決する国際的パートナーシップ構築のための「触媒」として機能することにより、「1+1が2」どころか「10」あるいはそれ以上になる。いかにシナジーを産み出せるような機能を充実させ、かつ、長期的に続けられるようにするか。大変ではありますが、やりがいがあるところです。
(インタビュー / 北森悦、文 / 塚田史香)