医療データをきちんと解析できるチームがない
―現在「医療データで命を救う。」をミッションに掲げるTXP Medical(以下、TXP)でCSO(Chief Scientific Officer)を務められています。具体的にはどのようなことをされているのですか?
TXPでは、医療データを通じて命を救う医療システムの構築を目指し、救急・集中治療・救急隊向けの医療データシステムや医療DX/AI技術の開発・提供を行っています。他にも医療データプラットフォームの構築やリアルワールドデータ解析、臨床研究支援なども行っています。
中でも私の役割は、臨床研究に携わってきた経験を活かし、TXPが開発・提供しているシステムの実装とその評価、そして得られた医療データを解析していく社内リサーチチームで臨床研究を指導・統括・支援していくこと。TXPのプロダクトから収集されたデータを含め、様々な医療データを解析して得られた知見を世の中に発信することで、日本の医療をより良いものにしていくことを目指しています。
TXPに参画して良かったと思うのは、優秀なメンバーがリサーチチームに集まってくれたことです。私一人ではここまでのチームは作れなかったと思います。優秀なメンバーがいることでTXPの信用や評価が高まりますし、それは結果的に会社のメリットとなり、ネットワーキングや案件の受託にもつながります。そして、一緒に活動したいというメンバーも集まります。個人的なことを言えば、私自身がメンバーから刺激を受けることができるという贅沢な環境にあるのも嬉しいですね。
もちろん、研究への意欲がある人なら参画できるようなチームにしていく必要もあるとも考えています。というのも、臨床研究を行いたいのに研究する場がない、データがないという医療従事者は一定数います。キャパシティの問題はあるのですが、意欲ある人たちに来てもらいたいですね。
―臨床研究への意欲ある医療従事者へ門戸を開けているのですね。その背景にはどのような課題感があるのでしょうか?
1つは、世の中には多くのデータがあり、今も新たなデータが生み出され続けていますが、それらを扱える人材が限られていることです。
医療従事者、特に臨床医が研究したいと思っても、そもそも臨床が忙しすぎます。仮にデータを集められたとしてもデータ量が膨大になってしまって解析できず、でも外注できるほどの資金もなく行き詰まっている場面にも遭遇します。データ解析を外注するとしても、金銭面での折り合いがつかない、希望する解析と実際の内容が異なる、などの事例もあります。
TXPのリサーチチームを通して世の中の医療データがどのように生成・利活用されているかを知り、そして実際に研究を行うことで知見がぐっと深くなります。データを持っている臨床の先生方と私たちがチームを組んで研究を進めることもできます。また、企業内のリサーチチームであれば、社会実装にも直接的に携わることができるので、より社会に貢献していきやすいと考えています。
もう1つの課題は、研究の世界と社会をつなげるチャンネルがまだ少なく、研究結果を上手く世の中に届けられていないこと。研究から大河をつくるようにエビデンスに沿った流れを世の中に作っていかなければならないと思います。
SNSをはじめ情報テクノロジーが発展してきて、これまで閉ざされていた医療や研究の世界が社会と近くなってきています。だからこそ、今以上に世の中との接点となるチャンネルを増やしてつなぐことができたら、エビデンスに基づき社会を動かしていくことができるはずです。この点については、個人的にチャンネル作りにも貢献していきたいと考えています。
ハーバードで学ぶも、山あり谷ありのキャリア
―臨床研究での解析チーム不足や研究結果が世の中にうまく伝わっていないことに課題を感じ、取り組みを進めている後藤先生。これまでのキャリアで転機になった出来事はどのようなことでしたか?
1つは留学経験ですね。もう1つはTXPに入ったことです。
これまでお話してきたように、TXPに参加することで、一人では実現できなかったようなチームを作ることができ、研究で得られた知見を世の中に発信することができています。また、開発現場の苦労や実際のお金の動き、政治的な配慮など含めて、研究以外にも学ぶことが非常に多かったです。
そして渡米し、大学院や研究室で学んだことや、留学中に培った人脈がその後の人生に大きな影響をもたらしているので、留学も大きな転機でした。ハーバード大学公衆衛生大学院には最高の学問環境があり、マサチューセッツ総合病院救急部の研究室では、研究者としての一通りのスキルだけでなく、プロの研究者としての姿勢も叩き込まれました。
また、この留学と臨床研究で得た経験から「僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。〜論文をどう読んでどう考えるか」(羊土社)や「臨床研究論文作成マニュアル」を出すことができました。自分の経験を社会に還元できたので良かったと思っています。
―学生時代など、早い段階から留学を見据えていたのですか?
実は、そこまで意欲的に留学を考えていたわけではありませんでした。むしろ地元の福井でゆっくりしたいと思っていたくらいです。ミーハーな性格なので、「せっかく医師になったから1度はアメリカとかに留学してみたい」と、初期研修中に漠然と考えていた程度で――。USMLEの本を買ってみたりしましたが、受験するほどの原動力もなく、特に大きく行動していたわけではありませんでした。
私は福井大学出身で、同大学附属病院で初期研修を受けていましたが、そこには同院救急・総合診療部の初代教授であり、ER型救急の第一人者と言われる寺沢秀一先生を慕ってさまざまな先生方が集まっていました。そんな環境にワクワクしたことや急性期医療が肌に合うと感じたことから、福井大学救急科に入局しています。
ちょうどその頃、寺沢先生のもとに集まる若手医師たちが、ER型救急を志す医師のネットワーク「EM Alliance」を立ち上げました。私は研究に興味があったので、研究班に加えてもらい、そこで留学先のボスとなる長谷川耕平先生と出会いました。
―長谷川先生との出会いが、留学へとつながっていくのですか?
その通りです。今はハーバード大学の教授になられましたが、初めてお会いした時、長谷川先生はマサチューセッツ総合病院救急部のレジデントでした。長谷川先生と研究を行って数年後、「もし臨床研究を本気で勉強したいなら、ちょうど日本人を1人受け入れようと思っているから、後藤先生どう?」と声をかけてくださったのです。これはまたとないチャンスだったので、「このチャンスを逃すわけにはいかない!」と、その場で「行きます」と即答しました。
ところが、そこからの英語の勉強は大変でした。2014年5月に声をかけてもらい同年12月が応募の締切だったので、英語の勉強期間は7カ月あまり。もともと英語が苦手で、最初に受けたTOEFLでは足切り点の半分しか取れず、必死に勉強しました。
通常の臨床業務をしながら勉強するのは、やはりペースを維持するのが難しかったので、隔週でTOEFLを毎回受験することで、なんとか勉強のペースを維持していました。
最終的に何とか留学が叶いましたが、TOEFLで苦労している程度の英語力だと、大学院での議論に全くついていけず……。英語には、いまだにコンプレックスがありますね。それくらい苦労しました。
―帰国後、東京大学大学院で臨床研究や研究指導に携わったのち、転機として挙げられたTXPに参画します。どのような経緯からだったのですか?
TXPを初めて知ったのは留学中でした。たまたまSNSでTXPのことを知り「面白いことをしているな」と思っていたんです。そして帰国後に参加した臨床疫学会でTXP代表の園生智弘先生とお話する機会があり、TXPとの共同研究を少しずつ始めていました。当時、ビッグデータを用いた臨床研究や研究指導に携わっていましたが、日本にはそのようなデータ基盤が不足していると感じており、TXPのプロダクトがその基盤として活かせるのではないかと思ったのが大きいです。
そんな折、ある大学に臨床研究の指導者としてポジションを提示され「研究基盤作りも一歩進められるかも」と思い、引き受けることにしました。ところが、引越し先も大体決めていた就任3カ月前にその話がなくなってしまったんです。他にもお声がけいただいたポジションがありましたが、全てお断りしていたので、次に行くところがなくなってしまいました。
―就任3カ月前に白紙になってしまったとは、山あり谷ありのキャリアですね。
それでさまざまな方に相談する中で、企業に行くという選択肢もありました。そこで園生先生に相談したところ「それならTXPにリサーチチームを作り、救急医療を研究の視点からも変えていきましょうよ」と言っていただき、最終的にはTXPに参画することを決めたのです。
相談の過程では、本当にさまざまな意見をもらいました。「研究の実績やアメリカで臨床研究に関わった経験からアカデミアに残ったほうがいい」「企業に行くとアカデミアに戻れなくなるから残るべきだ」「好きな方に行ったらいい」など――。
多くの方のおかげでアカデミアのポジションも含めいくつか選択肢がありましたが、最終的には自分がワクワクする方向を選びました。ともすると閉塞的になりがちなアカデミアの世界にいるよりも、スピード感があって、救急医療領域に関われる企業に飛び込んだ方が、世の中を変えやすいのではないかと。
この時、最後まで親身になってポジションを探してくれた先生方や、心配してくれたりした方々には本当に感謝しています。
リサーチ・エコシステムをつくる
―今後の展望はどのように思い描いていますか?
冒頭にお話した通り優秀なチームができあがっています。ただ、まだそのポテンシャルを活かしきれていないので、彼らの能力をさらに活かせるように開拓していきたいですね。そして臨床医や研究者、AI技術を含めたデータサイエンティスト、それらを実装できる人たちのハブとなり、研究から社会実装までをつなげ、救急医療のみならず、医療におけるプラットフォームを目指していきたいです。
そうして研究を社会実装できればお金が生み出され、それを次の研究の資金に当てられます。このような研究を社会実装へとつなげるリサーチ・エコシステムも目指していきたいと考えています。また、日本だけにとどまらず、海外との連携強化も進めていく必要があると思っています。
先にも少し話を出しましたが、個人的には、研究と社会をつなげるための適切なフレームワークづくりにも貢献していきたいと思っています。基本的にはミーハーな性格なので、何かより面白いことが見つかったら飛びつくかもしれません(笑)。
―最後に、後進へのメッセージをお願いします。
寺沢秀一先生の言葉である「望みあらば道あり」だと思います。あまり「医師とはこうあるべき」に囚われすぎず、自分の進みたい道を(ときには戦略的に)進めばいいと思います。
もしかしたら「やりたいことが見つからない」という人もいるかもしれません。ですが、悩んだからといって見つかるものでもありません。そして「やりたいことを見つけなければいけない」わけでもありません。もう少し気楽に日々の楽しみを見つける。その延長線上に、もしかしたらやりたいことが見つかったりするのではないでしょうか。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2024年2月22日