身体で教え、身体で学ぶ。全国に広がる「フィジカルクラブ」
記事
不意に持ち出してきたスーツケースを開けた平島先生は、大量の特製Tシャツを取り出すと、参加者全員に配布しました。講義は、皆で着替えた後に開始です。これは「部活動」だから、と参加者全員が地べたに座って聴講しました。
今回のテーマは、循環器の診察に大切な頚静脈での診察方法(JVP)でした。「教え方にはこだわっています」と言う通り、講義にはさまざまな画像や例え話が次々と登場し、参加者の理解を深める工夫にあふれていました。講義の後はペアを作り、各自の目で見ながら学びたての内容を確認しました。
フィジカルクラブと言えば、半裸での授業がお決まりです。平島先生はもちろんのこと、男性参加者も半裸となって、互いを診察し合いました。実は、このスタイルにも平島先生の信念がこめられています。平島先生は母親が看護師で、父親は検査技師。両親がコメディカルとして医師と接する中で、「医療の世界のヒエラルキー」を感じてきたことから、少なくとも自分の周りでは上下関係のない環境を作っていきたいと強く感じたそうです。
そのため、講義の時は「高らかな演台の上からスーツで話す」のではなく、「参加者と同じ高さで服を脱いで語る」ことにしました。そもそも自分たちは患者さんを脱がせて学ばせてもらっているのに、情報の多い自分の身体を使って学ばないでどうする、という思いも込められています。平島先生にとって「接遇」は、一つの大きな教育テーマでもあるのです。
診察の際に大切なことは、「患者さんのために」という思いで、患者さんの観察に命を燃やすこと。そして、症状が見えたら大いに感動すること。これらの心構えを学んだ参加者は、食い入るようにお互いの頚静脈の拍動を観察し、頚静脈が正常かどうかの判断方法を実践していました。
最後はTシャツから白衣に着替え、入院中の患者さん2名のもとへ回診に出ました。約20名で病院の廊下を歩く様子は、まるで白い巨塔です。患者さんのベッドを囲み、平島先生の診察を見学しました。医師・研修医・患者さんで病気を共有し、ともに闘っていくことも、平島先生が理想とする医療の形なのだそうです。
2012年に堺病院で始まったフィジカルクラブは、今や全国各地で開催されています。医師・研修医・医学生・看護師・医療従事者など、身体診察を学びたい人が希望すれば、フィジカルクラブ部長の平島先生が出張します。奄美大島から全国へ、ほぼ毎週末飛び出す平島先生の原動力は、日本の医療を温かい「手あて」であふれさせたいという思いです。平島先生の望む医療がさらに広がり続けることを期待します。
(取材日 / 2015年8月29日、取材 / 左舘 梨江)
医師プロフィール
平島 修 総合内科
熊本大学医学部卒業。福岡徳洲会病院で4年間の初期・後期プログラムのうち、8ヶ月を奄美大島の瀬戸内病院で過ごす。問診・身体診察に重きを置いた指導医が奄美大島にいればと、大坂の市立堺病院(現堺市立総合医療センター)で2009年より4年間学ぶ。2012年に「堺フィジカルクラブ」を創設し、部長として全国各地で医師・医学生・研修医に向けた身体診察のワークショップを行っている。2013年4月より瀬戸内徳洲会病院加計呂麻診療所所長、その後現職に至り奄美大島の研修医を教育している。