再生医療〔3〕 幹細胞による再生医療の妄信は危険
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幹細胞を使用した再生医療では、正しい知識が普及していないために一般の方が「幹細胞=何でもできる」と思ってしまっている部分があります。その心理を巧みにビジネスに利用される可能性があることが課題だと思います。例えば「自分の幹細胞を取り出して注射することで糖尿病が改善する」、「アンチエイジングのためにしわの部分に幹細胞を注射する」といった根拠がはっきりしていない治療を受けることで、患者さんが不利益を被る可能性があるのです。
実際に日本では、2010年に幹細胞を血液中に投与した患者さんが亡くなるという事件がありました。韓国のバイオベンチャーが、お客さんの皮下脂肪をとって脂肪由来幹細胞を培養して返し、その投与を日本にあるクリニックで行ったところ、その方が亡くなったのです。韓国では再生医療の法規制が厳しく、そういった治療を簡単にすることはできませんでした。しかし当時の日本では再生医療に関する法律が整備されていなかったので、このような行為が可能でした。
死因については恐らく、投与される幹細胞の組織の一部が塊となったまま血中に投与され、その塊が肺の血管で詰まり、肺梗塞を起こしたのだと思われます。
脂肪吸引によって比較的簡単に脂肪由来幹細胞を取り出す技術は非常に便利ですし、私たちとしてはこの技術が再生医療の分野で期待できるものだと確信しています。しかし、このように患者さんの再生医療への期待感を利用したビジネスで、患者さんの期待を裏切ることが起きてしまうと、再生医療全体の信頼が失われてしまいます。
2014年に再生医療に関する法律ができて、今後同じような事件はなくなるかと思いますが、また新たな問題が出てくる可能性は否定できません。幹細胞による治療は、今現在はまだ研究段階です。そのため副作用や、どれくらいの量の投与が必要なのかなど、はっきりと分かっていないことが多くあります。このことを一般の方々も含めて理解しておく必要があるように思います。
(聞き手 / 北森 悦)
医師プロフィール
水野 博司 形成外科
順天堂大学医学部形成外科学講座教授。
防衛医科大学卒。防衛医大病院、硫黄島医務官、横須賀海自医務室、呉司令部医務衛生幕僚、米国UCLA形成外科、自衛隊舞鶴病院に勤務の後に退官。日本医科大学形成外科を経て2010年より現職