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日本の医療をケニアへ[3]「慢性化した医師」の存在

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ケニアの都市部以外の病院では専門医が不足しています。地方の病院では専門医が増えないのはなぜなのでしょうか。

 

ある程度のレベルまで達し、それ以上能力的に伸びなくなる医師をケニアでは「Chronic M.O.」(クロニック・エム・オー)と呼びます。その意味は「慢性化した医師」です。

専門医とMedical Officer(M.O.)の間にはとても大きな差があり、給料で言えば4倍から10倍くらいの差が出ます。だったら専門医の資格を早くとれば良いではないかと思いますが、実はそれがとても難しいのです。

日本では、2年の研修が無事終われば3年目からは後期研修医として専門分野に進める制度になっていますが、ケニアでは、専門医になるためにもう一度大学へ戻り、大学院生として、内科なら4年間、外科なら5年間の勉強が必要になります。

この間は無給のうえ、授業料を払い続けなければいけなくなります。私立病院やクリニックなどで医療系のアルバイトはあるのですが、経験者たちはなかなかできないと言っています。大学院といってもここで行うのは研究などではなく、日本でいう後期研修とほぼ同じ形なので、外来、病棟、オペ、当直、当番をひたすら行い、毎日心身ボロボロになって家に帰るからです。

ケニアでたまにあるストライキは、この大学院生たちがこれほどまでナイロビ大学病院に尽くし、病院には欠かせない存在であるのにもかかわらず、一銭も出さない病院・大学への不満、怒りから起こることがほとんどです。

ですから、想像できると思いますが、大学院へ進めるのは、裕福な家庭で育ったお子さんたちがほとんどなのです。大学院の授業料はもちろん、住まい、生活費などもかかってくるので、ナイロビに実家がある富裕層からはどんどん専門医が生まれますが、地方の優秀な若者たちは、やっとの思いで医学部に入り、医師になったにもかかわらず、そこからさらに上を目指すことが困難であり、Chronic M.O.となっていくのです。

地方の病院でM.O.として勤務し、専門医の先生たちの手足となって働くけれども、給料は一向に上がらない。かといって、一生懸命お金を貯めたとしても、その間に結婚し家庭ができると、身動きがとれないままほぼ一生M.O.という身分でいなければいけなくなります。これがChronic M.O.と呼ばれる医師たちの現状です。

この仕組みでは毎年専門医が増えても、ナイロビ出身の若者ばかりが専門医なってしまうために、都会の病院でしか勤務をしたがらず、地方になかなか専門医が増えないのもおわかりだと思います。この現状に何も危機感を覚えないケニアの医師会のお偉いさんたちは、おそらくですが、自分の子供たちは問題なく大学院へ通えているので、全体的なニーズをあまり意識していないようにも思われます。もしくは、ニーズがあってもそれをサポートする力がないのかもしれません。

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医師プロフィール

塩尻 大輔 

小学校3年生の時に家族でケニアに移り住み、そこから21年間をケニアで過ごす。ケニアの高校を卒業後、NPOアフリカ児童教育基金の会(ACEF)プロジェクトマネージャーとして働き、オーガニック農業EM(effective Microorganisms)等を担当。同時に在ケニア日本大使館、外務省草の根基金部門でのモニター調査員も務めた。その後ナイロビ大学医学部に入学し2009年に卒業、ケニア国医師免許を取得。ケニア国キトゥイ県立病院での研修を経て、2011年東京大学医学部附属病院形成外科にて研修。2013年日本医師国家試験に合格し日本の医師免許を取得。現在は岩手県立磐井病院にて研修中。

塩尻 大輔
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