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減塩対策を進めていく上での課題 ―まずは日本人の大規模データ

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食塩の過剰摂取は高血圧や胃がんなどに強く関与しています。2011年に国際連合が発表した、「生活習慣病対策のために世界全体がとるべき5つのアクション」においても、減塩対策は禁煙の次に重要とされています。「塩分の取りすぎは良くない」と誰もが知っていることではありますが、世界的に見ても塩分摂取量が多い日本人の減塩対策はなかなか進んでいません。
疫学の分野から減塩対策の研究に取り組まれ、2013年に日本初となる大規模な塩分摂取量の調査を行われた、東京大学大学院教授 佐々木敏先生に、日本で減塩を進めていく上での課題を伺いました。

―減塩対策を進めていく上で何が課題となっているのでしょうか。

そもそも、日本人がどんな食品からどれだけの食塩を摂取しているのかという正確なデータを取るための調査が行われていなかったことです。一般の方に「病気になるリスクが高いので塩分摂取を控えてくださいね」と言うだけでは、誰も気をつけようとはしません。まずきちんとしたデータを出し、現状を知ることで初めて根拠のある具体的なアプローチを考え、すすめていくことができます。減塩は世界的な問題であるため、WHOでも食塩の摂取量に気をつけることの重要性を訴え、各国が国民の食塩摂取量を調査することを勧めていました。

これまで日本でも塩分摂取量の調査は行われてきていましたが、その方法は、調査対象者に「昨日の夜何食べましたか?」「どんな食材がどのくらい入っていましたか」などということを聞くアセスメント法によるものが主流でした。しかしこの方法には、ドレッシングやタレなどの食塩が多く含まれている調味料が記録から漏れやすいという難点があります。そのため、実際に食べたものよりも食塩摂取量は低く出てしまうのです。そこで、より正確なデータを集めようと、調査を始めました。

―正確な食塩摂取量を知るためにどのような方法を取られたのですか?

今回私たちは「24時間畜尿法」という方法を用いて、20歳から69歳までの男女791人に協力してもらい、調査しました。24時間畜尿法はWHOも推奨している方法で、協力者の一日分の尿の中に排出された食塩量を調べます。摂取した食塩は尿から排出されるので、より正確なデータが集められます。しかし、協力者一人ひとりに一日分の尿を貯めておいてもらわなければならないので、広範囲で調査の協力を得ようとすると、とても大変な作業となるのです。そのため、この方法での調査はなかなか進んでいない国も多いのが現状です。

日本にもこの方法で調査されたデータはいくつかあるのですが、ごく一部の地域であったり、ごく一部の特徴を持った人々が対象であったりと、「国民の」と主張できるほどのデータは存在しませんでした。今回初めてこのような大がかりな調査をしたことで、ようやく日本人の平均的な食塩摂取量がわかったのです。

 

写真1(トピック1) 写真2(トピック1)

(現場に送られた計測キットと、ダンボールでいっぱいになった研究室)

 

―調査結果はWHOや日本のガイドラインで規定されている数値を大きく上回り、これまでの調査結果よりも上回るものでしたね。

はい。結果は男性で14グラム、女性は11,8グラム(厚生労働省が定める「食事摂取基準」では、男性8グラム未満、女性7グラム未満)というものでした。調査結果を発表した際、多くの人が「予想以上に多かった」と驚かれましたが、私たちはきちんと計測できればこれくらいの数値になるということをある程度予測していました。

また、これまでのアセスメント法では、数値が低いだけでなく、日本人の平均食塩摂取量は徐々に減少しているという報告がありましたが、今回の調査方法である24時間蓄尿法に基づいたデータだと、この30年間でその減少はほとんど確認されませんでした。データが違えばその政策も異なったものとなってしまいますので、正しいデータをつくり事実を知るというのはとても大切です。

―今後はどのような研究を進めようとされていますか。

今回の調査によって日本人の塩分摂取量の正しい数値がわかったので、現在はそれを基に、日本人はどの食品からどのくらい食塩を摂取しているのかというデータをまとめている段階です。世界的に見ると、減塩対策の取り組みに成功したと言える英国は、食品全体の食塩含有量を減らすことで国民全体の食塩摂取量を減らすことができました。そこで、英国のような取り組みを日本でも実現可能かどうか調査する研究に取り組んでいきたいです。

また、どうすれば減塩につながるか、具体的な方策につながる研究をしていきたいですね。例えば、食塩が体に及ぼす影響を知っている人と知らない人とでは、食塩摂取量や購入する食材の食塩含有量、料理に入れる食塩の量がどれほど違うかなどです。それ以外にも、減塩対策についての情報を波及させていく人とそうでない人を調査することで、誰が減塩を波及する人になり得るかを研究することもできると思います。

さらに、研究室では現在啓蒙活動の一環として小学校で食事と健康についての教育にも関わっています。そこでもいきなり食育をするのではなく、まず小学生やその親御さんたちが、食事や栄養について何をどの程度まで知っているかという調査を行った上でアプローチの方法を考える、というところから始めています。

まず現状を知ること、その上で自分たちは健康・栄養面においてどのような状況であるのか正しい情報を多くの人に周知していき、食塩過剰摂取による病気の発症数や死亡数を減らしていきたいです。

写真3(トピック1)

※食塩の問題については、佐々木先生著作の「佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方」(女子栄養大学出版部)に詳細が 記載されています。コレステロールや飲酒や肥満についてなど、「食と健康」の複雑な構造を栄養疫学研究に基づき一般向けに解説されている本書は、 「根拠に基づく栄養学」として現場に役立つと、医師・栄養士などにも幅広く読まれています。

 

関連記事: 減塩対策で死亡率を減らす![1] 英国はどのようにして減塩対策に成功したか

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医師プロフィール

佐々木 敏 公衆衛生学

1981年京都大学工学部、1989年大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院(ベルギー)博士課程修了後、名古屋市立大学医学部公衆衛生学教室、国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部などを経て、独立行政法人国立健康・栄養研究所栄養所にて要量策定企画・運営担当リーダー、栄養疫学プログラムリーダーを務める。
2007年東京大学大学院医学系研究科の公共健康医学専攻(公衆衛生大学院)新設を機に社会予防疫学分野を設立し、教授を務める。女子栄養大学客員教授。
日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「食事摂取基準」(厚生労働省)策定に貢献。日本の栄養疫学研究において中心的役割を担い続ける。
著書に「わかりやすいEBNと栄養疫学」「食事摂取基準入門―そのこころを読む」(ともに同文書院)、「佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方」(女子栄養大学出版部)がある。月刊誌「栄養と料理」(女子栄養大学出版部)連載中。

佐々木 敏
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