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減塩対策で死亡率を減らす![1] 英国はどのようにして減塩対策に成功したか

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減塩対策は日本だけの課題ではなく、世界中でも取り組むべき課題として挙げられています。そんな中、英国は国を挙げて減塩対策に取り組み、その結果10年間で心臓病の患者が減り、毎年2600億円もの医療費の削減につながったと言われています。英国での取り組みはどのようなものだったのか、東京大学大学院で減塩対策の研究に取り組まれる佐々木敏先生に伺いました。

―英国は減塩対策にどのように取り組んでいったのでしょうか。

英政府は減塩対策に取り組む前に、まず国民がどんな食品からどのくらい食塩を摂取しているかの調査を徹底的に行いました。その結果、料理を作るときに入れている塩や調味料よりも、購入した食材に含まれている塩分量の方が圧倒的に多いということが分かりました。それによって、国民一人ひとりに健康教育を施すよりも、産業界を変える方が効果が高いということが明らかになったのです。

そのため次に、どの食品から何%の塩分を摂取しているかという緻密なデータをつくり、どの食品の塩分量が減るとよいかを順位付けしていきました。その結果、英国民が一番食塩を多く摂取していたのはパンということが判明しました。そこでまずは、大手パンメーカーで結成されている業界団体に、そこに加盟する全てのパンメーカーが減塩に取り組むよう働きかけていきました。

―減塩により消費者が離れてしまう不安もあったと思います。なぜ産業界は減塩に取り組むことに素直に協力できたのでしょうか。

もちろん最初のうちは「減塩して得することはない」と、嫌がられたようです。確かに、減塩することで「商品が売れなくなる」という損益の懸念は想定されていました。そこで研究チームは、「時間をかけて少しずつ塩分を減らしていく」という方法を提案したのです。また、「減塩すると美味しくなくなるのか」という実験も、あらかじめ行ったそうです。そのようにして、業界団体に対し3年で10%の減塩をするという計画を立て、加盟するすべてのパンメーカーが徐々に食塩を減らしていったところ、見事目標を達成できたのです。

減塩することは企業の損益にはならないということを実証でき、むしろ「国民の命を支える」という社会貢献につながることも証明できているので、産業界の協力を得ていくことができました。こうして段階的に塩分含有量を減らしていくという戦略で、各食品メーカーに次々と働きかけていき、最終的にさまざまな食品の食塩含有量を目標の数値まで減らすことに成功しました。

―英国が減塩政策を成功できたカギはどこにあったのでしょうか。

国民の食塩摂取量について、調査や効果検証などの研究を率先して行っていたことが功を奏したと言えるでしょう。英政府は、「塩分を控えましょう」と漠然と減塩活動に取り組むのではなく、きちんと実態を調査するところから初めてどのような政策を講じるかを打ち出しました。そして、その政策が社会をきちんと動かして効果が認められているかどうかとう効果検証を徹底的に行っていたのです。

英国にはCASH(=Consensus Action on Salt and Health:塩と健康についての国民会議)という、科学者が中心となって組織された減塩専門の独立第三者機関があり、減塩政策のために必要な調査研究を全て行っています。この研究機関は、各食品メーカーが目標の数値に向かって食塩を徐々に減らしていった10年もの間、店舗で買い物客として食品を購入し、食塩含有量を測る調査を続けていました。

英国のように、地域全体の健康への脅威を扱う学問である公衆衛生学が発展している国では、まず調査してデータをとることの必要性や重要性を知っているのでこれらのような調査や効果検証がきちんと行われています。これに比べると、日本は公衆衛生学への関心が低く、医学部や栄養学部において公衆衛生を学んだり研究したりできる環境や、そこに携わる人がかなり少ないと言えます。公衆衛生学を、特にその中で栄養に関連する「公衆栄養学」をもっと発展させることが、日本でも国を挙げて減塩対策へと取り組むことにつながっていくのではないでしょうか。

 

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医師プロフィール

佐々木 敏 公衆衛生学

1981年京都大学工学部、1989年大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院(ベルギー)博士課程修了後、名古屋市立大学医学部公衆衛生学教室、国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部などを経て、独立行政法人国立健康・栄養研究所栄養所にて要量策定企画・運営担当リーダー、栄養疫学プログラムリーダーを務める。
2007年東京大学大学院医学系研究科の公共健康医学専攻(公衆衛生大学院)新設を機に社会予防疫学分野を設立し、教授を務める。女子栄養大学客員教授。
日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「食事摂取基準」(厚生労働省)策定に貢献。日本の栄養疫学研究において中心的役割を担い続ける。
著書に「わかりやすいEBNと栄養疫学」「食事摂取基準入門―そのこころを読む」(ともに同文書院)、「佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方」(女子栄養大学出版部)がある。月刊誌「栄養と料理」(女子栄養大学出版部)連載中。

佐々木 敏
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