救急医が小児救急医療に積極的に関わる
記事
◆救急医として感じる課題
救急の現場に携わっていて、小児の救急患者の診療体制は内因性・外因性を問わずまだまだ整備されておらず、小児科と救急科の隔たりと言いますか、システムの隙間に陥っていると感じていました。救急外来で子どもを診る際には救急科と小児科の両方の知識・経験が必要となりますが、その両方を兼ね備えた医師は少なく、それが課題だと感じています。
2009年の総務省・厚労省の調査では、救急搬送で病院選定に3回以上かかった小児傷病者(重症以上)において、受入れ困難理由の約3割が専門外を理由とするものでした。1年間の全国救急搬送数における子どもの割合は約10%で、そのうち重症化するのは成人の1/10程ととても少ないですが、だからと言ってシステム改善の優先度が低いとは思えません。また救急車に関わらず、救急外来に来た段階では一見すると軽症に見える子どもたちも少なからずおり、その段階で見逃すと重症化して命を救えなくなる可能性もあります。だからこそ、私たち救急医が小児救急医療にもっと関わる必要があると考えています。
救急医は限られた時間と医療資源を上手にコントロールしながら救急診療を行う専門家です。その専門性に小児も成人もありません。しかし、小児の診療の経験が少ない救急医は多いと思われます。それは、日本では「小児は小児科が診療する」という文化が一般的で、かつ、日本の救急科専門医は小児診療の経験は特に問われていないからです。
一方、小児科医は小児全般を見る専門家ですが、主に内因性の疾患を診るために外傷を得意としません。また、内因性であっても救急診療のトレーニングを体系的にきちんと受けた小児科医はそれほど多くはありません。そのため、より質の高い救急医療を子どもたちに提供するためにも、救急医と小児科医がお互い協力し合うことが不可欠と考えます。
◆小児救急の特徴例
例えば、私が小児の経験が乏しい救急医だった頃は、子どもの外傷に対して単なる外傷診療のみを行っていました。しかし、小児救急医療では事故予防という概念があることを知り、今ではなぜその子がその怪我をしたのかという背景を重要視するようになりました。
例えば、親の車に乗車中、交通事故で軽い頭部打撲を負った乳幼児がいたとします。医学的に見ると軽い頭部打撲は自然経過で良くなるので問題ありませんが、事故予防の観点から見るとチャイルドシートが適切に使用されていたかどうかが重要なポイントとなります。子どもが泣くからと言ってチャイルドシートに座らせていない状態でもっと大きな事故にあうと、取り返しの付かない外傷を負うことや命の危険もあります。軽微な怪我で済んだときこそ、さらなる外傷を予防する最大のチャンスであり、これは攻める予防救急医療とも言えます。
◆都立小児総合医療センターでの取り組み
私の勤めている都立小児総合医療センターでは、小児の救急科が専門で設けられているので、小児救急を研修したい救急医や小児科医を積極的に受け入れています。都立小児総合医療センターでは年間36,000~38,000人の救急患者を受け入れています。一日平均ですと、平日は80名程度、休日は100~150名程で、一番多い時は280名程が一日に来ます。そのような中で、小児救急の専門とする医師や他の小児の各専門医が揃っていて、院内だけでなく、地域との連携を含めた体制も整っている環境なので、小児救急を専門的に学ぶのには整った環境です。
◆専門の枠を超えた知識を持ってほしい
多くの若手医師に小児救急を学んでほしいと思いますが、小児救急の専門医を劇的に増やす必要はないと思っています。将来的にどこかの救急外来で働く医師が、小児救急の知識もきちんと持っているという状態を作り出したいと、私は考えています。また、これから小児科に進む医師にも救急の知識を付けてもらえたらと思います。救急の知識を持っていれば、急変する前に気が付くこともできますし、いざという時に救急医と連携して命を助けられることもあるかもしれません。
救急では、診断よりも先に、気道・呼吸・循環を維持することを第一に、そしてバイタルサインを大事にすることが優先的に行われます。そのプロセスをしっかり身に付けてほしいのです。気道、呼吸、循環が安定していれば目の前で子どもが死ぬことはありませんから、じっくり診断を考えたり、他の医師に相談する時間が作れます。また、頭をぶつけた、手をぶつけたと言って救急外来を受診する子どもたちの多くは軽症であるため、ほとんどが簡単な処置だけで後日受診が可能となります。軽微な外傷の診療をすることで小児科医として子どもの成長により関われるようになり、その幅が広がります。
一方で、救急医には小児科的アプローチを身につけてほしいと思っています。子どもの成長発達を理解し、救急診療の合間に健康に関わる育児相談にさらりと応えることができることが小児救急では必要な要素のひとつです。
このように、専門の枠を超えてハイブリッドに対応できる医師が増えることで、一人でも多くの子どもの命を救えるよう、若手への知識の共有をしていきたいと思います。
医師プロフィール
萩原 佑亮 小児救急医
東京都立小児総合医療センター救命救急科
2005年に弘前大学医学部を卒業後、国立国際医療センター(現、国立国際医療研究センター)で初期研修、同院救急部で救急後期研修を行う。東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻(公衆衛生大学院)、川口市立医療センター救命救急センターを経て現職。
「小児救急は未来を救う救急」を合言葉に、小児を得意とする救急医の育成に取り組む。
救急科専門医、小児科専門医、公衆衛生学修士(MPH)