子どもたちに最善に医療を~民間航空機も活用した広域搬送~
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◆地域の小児科医をサポートするドクターカー
自分の子どもが病気になった場合、まずはかかりつけの診療所に連れていくと思います。しかし、時には親御さんが思ったていた以上に重症であることがあります。もちろん、小児科の開業医の先生方もすぐに対応はしてくれますが、診療所などの環境によってはどうしても重症の子どもを診るには適していないこともあります。重症患者を診るためにはマンパワーも必要ですし、それなりの医療機器も必要です。そのため、知識やスキルがあっても対応が困難となってしまう可能性が高くなります。それは地域の小規模な総合病院の小児科であっても同じことが起こりえます。
当院では、そのような時に、そこにいる小児科の先生だけでなんとか対処するのではなく、私たち小児総合医療センターと連携を取ることで、迅速に対処できる体制を整備しています。それがドクターカーの利用です。病院単位で小児救急をするのではなく、地域全体で小児救急を行うイメージです。
搬送要請の連絡をもらうと、救急医や看護師をはじめとする搬送チームがすぐに出動します。その際、患者さんの細かな情報がない場合も多いですが、それでも臨機応変に対応できるように準備をしています。そして、患者さんに接触後、すぐに診療を行い、場合によっては車内から治療を行いながら病院に搬送します。思ったよりも軽症でその日のうちに帰宅させることもありますが、多くは入院し、ある程度状態が安定した段階で元のかかりつけ医に再びフォローをお願いするということを行っています。地域の理解があって初めて成立するシステムですので、地域全体で子どもたちに最善の医療を提供したいという形の現れだと思っています。
私の勤める東京都立小児総合医療センターでは、新生児搬送を除いて年間120件ほどドクターカーの出動があります。東京都府中市にあるため、主に東京都の多摩地域、埼玉県南部からの要請が多いですが、救急科以外にも小児医療に特化しており難しい治療も行えることから、全国各地、さらには海外からの搬送を請けおったこともあります。
◆遠隔地からの搬送には民間航空機を利用
広域からの要請ですと車での搬送は時間がかかってしまうので、民間航空機や鉄道を利用することもあります。もしいずれの方法も難しく、緊急性が高い場合は自衛隊のヘリコプターも活用することもあります。
例えば、先天的に気管狭窄のある乳児を手術のために気管挿管・人工呼吸器に繋いだ状態で東北地方から搬送しなければならない時があり、民間航空機で羽田空港を経由してからドクターカー搬送したことがありました。さらに重症の場合に、自衛隊の大型ヘリコプターを利用して同じく東北地方から一気に当院まで搬送したりしたこともありました。
航空機や鉄道での搬送を実施する場合には、事前に航空会社や鉄道会社との綿密な打ち合わせが必要になります。航空機や鉄道は決められたタイムスケジュールで動いているため、それを遅らせることはできません。また、機内、車内では新たな医療行為をすることがほぼ不可能になるため、その時間帯を安全に乗り切るための医学的戦略も必要になります。
そこで私たちの病院では、患者を安全に搬送するための医学的戦略を中心に考える人材と、医学的部分を考慮しながらロジスティクス(搬送経路、タイムスケジュール、コストなど)を中心に考える人材を分けて事前準備を行います。例えば、航空機を利用する場合、機内に載せる医療機器はすべて事前に航空会社の許可を受ける必要があります。製品番号のみならず、バッテリー電池はリチウムなのか、ニッケルなのか、それは何グラムなのか、など非常に細かい情報を提供し、それらが離着陸時にも使用可能なのかの確認をとります。
また、酸素ボンベは危険物のため機内には持ち込めないので、航空会社に用意してもらった物を使用します。そのため、トラブルも考慮した安全量を事前に計算して酸素量を見積もる必要があります。このトラブルとは患者さんの状態のみならず、天候や事故などによる遅れや、着陸できない場合も考慮に入れます。こういった手続きは慣れていないと非常に時間と手間がかかります。私も初めて航空機搬送を担当したときには1週間で航空会社と100通以上のメールのやり取りをしました。
このように、広域からの搬送には事前の綿密な準備を行うことと高度な搬送ノウハウが必要となります。難しい状況も多いですが、各地で一生懸命に奮闘する小児科医と当院の専門医たちを繋げるためにこういった搬送を当院の小児集中治療医と協働して専門性を持って行っているのです。
医師プロフィール
萩原 佑亮 小児救急医
東京都立小児総合医療センター救命救急科
2005年に弘前大学医学部を卒業後、国立国際医療センター(現、国立国際医療研究センター)で初期研修、同院救急部で救急後期研修を行う。東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻(公衆衛生大学院)、川口市立医療センター救命救急センターを経て現職。
「小児救急は未来を救う救急」を合言葉に、小児を得意とする救急医の育成に取り組む。
救急科専門医、小児科専門医、公衆衛生学修士(MPH)