アルコール依存症、早期介入の重要性 ~治療すれば必ず良くなる~
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◆山形県、自殺者数全国9位 アルコール依存症治療の重要性
山形県の自殺者数は全国第9位(平成26年厚生労働省人口動態統計)。その中で沿岸部に位置する庄内地域は、山形県全体の平均より高い数値を推移しています。自殺原因の第1位は健康問題で、そのうち最も多いのが精神障害です。うつ病、統合失調症、アルコール依存症を合わせると、実に8割を占めます。
実際に診療していても、アルコール依存症の治療を中断してしまった方が事件を起こしたことをニュースで知ったり、新聞のおくやみ欄で自殺を知ったりということが頻繁にありました。
当院では2011年からアルコール依存症の治療プログラムを立ち上げていますが、開始当初の来院者の多くは、かなり重症化していました。
「今、来院が可能な患者さんたちは、アルコール依存症の氷山の一角でしかない」
そう感じ、国内で初めてアルコール依存症専門病棟を設立した久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の研修を受け、アルコール依存症の治療プログラムを立ち上げたのです。そして、1年後の2012年7月、山形県もスーパーバイズ事業を立ち上げ、「山容病院と事例検討会を」と依頼があり、現在も継続して行っています。
◆アルコール依存症治療プログラムとは?
さて、ここで当院のアルコール依存症治療プログラムの内容についてご紹介しましょう。治療プログラムの柱は3本です。
アルコール依存症の方の多くは併存疾患を持っていますので、どちらの治療が優先かを見極めてから治療プログラムを始めます。
どこの医療機関も同様かと思いますが、プログラムの中で最も重視しているのはグループセラピーです。久里浜医療センターのプログラムをもとに、「再飲酒予防トレーニング(CST)」「酒田山容アルコール勉強会(SSA)」を開いています。
【再飲酒予防トレーニング(CST)】
こちらは失敗してもいいので、一度は「断酒」宣言をした方が参加可能です。毎週、久里浜医療センターの「GTMACK」というテキストに基づいて行います。
【酒田山容アルコール勉強会(SSA)】
こちらは、断酒宣言をしていない方も参加可能。月に2回の開催です。
ご家族数名も参加して総勢10~15名程度で行っています。毎回違うテーマで、資料を使っての勉強、グループディスカッションやロールプレイングを行います。中でも最近重視しているのは、ロールプレイングです。
【SSAのロールプレイング】
例えば最近のテーマは、
「山容病院院長が重度のアルコール依存症!欠勤院長を治療に連れ出せ!!」
院長が出てこないばかりか、配偶者が「イネイブリング」といって、依存症患者の代わりに欠席連絡をしたり、依存の言い訳作りに協力してしまったり、がっちりと依存者を守ってしまっている、という設定にしました。
プログラム参加者は複数のグループに分かれ、それぞれのグループごとに院長家族や病院スタッフ、行政の担当者、友人と役割を持ち、それぞれの立場でいかにしてアルコール依存症の院長を、今自分たちが参加しているような治療に連れ出すかを考えてもらいました。
イネイブラー(イネイブリングをする人)がいることで、非常に介入が難しく、なかなかいい案が思い浮かばないという声も……。しかしこのプログラムは、別の立場に立ち、「自分が今ここにいるのは、それだけ周囲の人の苦労があった」ことを知るのが狙いです。
◆12カ月後の断酒率、25%超
このプログラムを始めた当初は、正直、スタッフやわたし自身も、劇的に治ることは想定していませんでした。しかし早期から適切な治療を受ければ確実に改善するのです。そのことを実感しました。
12カ月後にも断酒できているかが、治療効果の一つの指標になっています。入院しながらプログラムに参加している方の統計をとったところ、退院後12カ月断酒率は約25%でした。現在は、まだ正確な統計は出せていませんが30%を超えているかと思われます。一般的に断酒率が3割を超えれば、治療プログラムが効果を上げていると認識されています。
◆課題は、認知機能が低下している依存者への対応法
効果としては上がってきていますが、課題もあります。それは、認知機能が落ちている参加者の増加です。
入院患者や外来患者、年齢の幅もさまざまな方々が共に取り組むこのプログラム。どのレベルの方にも難しすぎず退屈しないようにテーマ設定をしていますが、認知機能が落ちている場合はどうしてもその範疇から外れてしまいます。そのような方にどう対応していくかが、現在の課題です。
◆一日でも早い治療介入を
しかし、アルコール依存症治療プログラムを始めて5年、酒田市内でもアルコール依存症に関する講演や講習を相当数行ってきました。その結果、重症化した方ばかり受診していた状況が変わり、かなり早期の段階での受診者も増えました。
早期受診者で2回の治療で終了した方もいます。また、夜間にアルコールが原因での救急受診も減りました。
徐々にアルコール依存症予備軍の段階での受診も増え、重症化を予防できていると考えています。生活習慣病で例えると、「糖尿病性腎障害で人工透析が必要な患者さんばかり来院⇒メタボだと指摘を受けた段階で治療スタート」のようなイメージです。
先程、認知機能が低下している方への対応が課題だと書きました。しかしこれに関しても、少しでも早い段階で治療できれば、セラピーの効果がより出やすくなるため、課題解消となります。
このように一日でも早い介入ができるよう、「お酒のことで悩んでいる方は、何でも相談に乗ります」と間口を広くあけておくことが重要だと考えています。
医師プロフィール
小林 和人 精神科
医療法人山容会理事長
東京大学医学部卒業。同大学付属病院にて研修後、福島県郡山市の針生ヶ丘病院に就職。平成20年に山容病院に就職。平成23年同病院院長に就任、平成26年より現職