豪州のへき地医療教育に学ぶ理由
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世界家庭医療学会のへき地版(WONCA Rural Health in Croatia)に2014年に行った時、豪州に学ぼうと決めました。豪州かカナダ、スコットランド、英国がへき地医療の分野において比較的先進的だと聞いていたので、いずれかの教育システムをベースに組み立てていこうと目星はつけていました。
豪州に決めた理由は2つ。1つは、話を聞いていると日本と同じようにへき地の医師不足をはじめとする課題を抱えており、その解消のために10年前から取り組みを始めていて、効果が出ていたことです。
2014年の学会に出席していた豪州チームと行動を共にしている時、日本の問題やこれから作り上げたい仕組みの構想を話すと、豪州へき地医療学会を立ち上げた医師が「それは、1997年の豪州の問題とぴったり同じだ!」と、涙を流しながら言うのです。
豪州ではかつて、国内の医師の専門医志向が強く、深刻な医師の偏在を招いていました。そこで採用された政策が外国人医師を多く雇い各地に配置することでした。ところが外国人医師の質の低さから、その政策実行を決断した責任者は解雇されてしまいました。そこで解雇された担当者は奮起し、「 Rural Generalist Program」というへき地総合診療医と呼ばれる何でも診られるRural Generalistを育成するプログラムを立ち上げ今日にまで発展させたのです。
豪州の人口は日本の1/6、国土は日本の20倍で圧倒的に人口密度が少なく、もしかしたら当時の状況は日本の今の状況以上に深刻だったかもしれません。毎年多くの医師がRural Generalist育成プログラムを志願し、プログラム修了生は豪州各地に戻っていきます。医学生に聞いてもRural Generalistを目指している割合が高く、Rural Generalistは「憧れの医師像」として確立されていました。
話を聞いている時は「歴史のある教育プログラムだな」ととても感心していたのですが、立ち上げてたったの10年しか経っていないことを知った時にはとても驚きました。10年でこれだけの成果が出せているということは、それだけすごい仕組みなのだと感じ、まずはまねして始めてみようと考えたのです。
日本で「豪州の教育プログラムを土台にする」というと、「仕組みが違うから無理だ」と言われることがしばしばあります。しかし、私はそこまで違いは多くなく、むしろ国や国土、気候、人口、医療制度も違うけれど、それらは全体の25%程度に過ぎないと思うのです。医師がいて、患者がいて、医療機器を使って患者を診察するという「医療」の部分は同じです。その同じ部分75%をまねしてみてから、外国のまねではうまくいかないかどうかを判断すればいいと思うのです。ですからまずは、共通部分を徹底してまねしてみて日本流にアレンジしてやってみようと考えています。
もう1つの理由が、そんな彼らが日本人である私にとても好意的だったこと。涙を流しながら日本の課題に共感してくれたのももちろんですし、「自分たちの持っているノウハウは全部提供するよ」と言ってくれたのです。最初こそ「後になって莫大な金額を請求されたらどうしよう…」と一抹の不安を覚えましたが(笑)、彼らにそんな思いは微塵もなく、純粋に協力したいという思いを持ってくれていたんですね。
「なんでそんなに親切なのですか?」と聞いたら、「豪州流のやり方を世界に広めるというのが自分たちとしても嬉しい」と、 Rural Generalist Programが世界に広がることを喜んでくれていたのです。ちょうど私も、ゲネプロのプログラムを修了した医師が自分の地元に戻って同じようなプログラムを広げたいという志を持ってくれていることをとても嬉しく感じるように、彼らもまた同じ考え方だったんですね。
国境を越えて同じ考えを持っている人たちに巡り合えたこと、彼らの懐の深さに感銘を受けて、豪州流のへき地医育成プログラムを徹底的に利用させてもらおうと決めました。
(取材・構成 / 北森悦)
医師プロフィール
齋藤 学 救急科
合同会社ゲネプロ
2000年順天堂大学医学部を卒業、千葉県国保旭中央病院にて研修。2003年から沖縄県の浦添総合病院、鹿児島県徳之島徳洲会病院などに勤務し、2015年合同会社ゲネプロを設立、代表に就任する。2017年4月から「日本版離島へき地プログラム」をスタートさせた。
ゲネプロ