医師14年目の水谷佳敬先生は、総合診療科の医師には女性医療についての知識や診察スキルが必要だという考えから、家庭医として経験を積みながら、産婦人科の研修を受けて専門医資格を取得されました。予防の観点から働きかけることができる家庭医の存在は、「特に医療機関を受診することが少ない若い世代にとって重要な役割を担う」と水谷先生は力説します。総合診療科でケアする女性医療とはどのようなものなのか、これからの家庭医に求められる診療スキルは何か、詳しく話を伺いました。
◆総合診療医に求められる女性診療のスキル
―家庭医としてのスキルを生かしながら、現在は産婦人科で診療をされているそうですね。
私が勤務するさんむ医療センターでは、亀田総合病院から家庭医診療科の医師が派遣されており、内科医3人に加えて総合診療科常勤医3人と非常勤医が診ています。私はもともと家庭医療が専門ですが、産婦人科の専門医を取得しているため、現在は人員の少ない産婦人科の診療をメインに総合診療科のカンファレンスフォローや診療のバックアップをしています。
総合診療科は科の垣根を超えた診療が特徴で、例えば合併症がある患者さんの周術期の血糖値管理や、整形外科で入院中の患者さんが脳梗塞になってしまった場合など、他科の先生からの依頼を受けて診療をするケースも多くあります。そうした院内の連携はスムーズで、総合診療医の役割が浸透していると感じる一方、一般の方には「病気の診断をつける医師」というイメージが強いようです。どちらかというと診断は総合診療医の仕事のごく一部で、さまざまな疾患を抱える患者さんに継続的に関わっていく役割が中心です。「あそこに行けば、まとめて診てもらえる」と思ってもらえるように、総合診療科のイメージを広めていきたいですね。
―総合診療科に産婦人科の診療スキルが必要だと思われたのは、なぜでしょうか?
産婦人科は、妊娠・出産に関わる周産期と、がん治療、妊娠・生殖、ヘルスケアの4つの領域に分かれます。その中でも月経困難症や更年期をカバーするヘルスケア領域は、家庭医と非常に親和性が高く、家庭医が介入し、産婦人科と連携をとりながら診療することで、疾患の予防につながります。
日本プライマリ・ケア連合学会が認定する家庭医療専門医が習得すべき知識、技術のなかには、女性特有、男性特有、LGBTといった性に関する医療が含まれていますが、研修病院の環境によっては十分な指導が受けられないのが実状です。だからこそ、最低限必要の女性ヘルスケアの知識を家庭医が当たり前に身に付けられるように、私が副委員長を務める日本プライマリ・ケア連合学会の女性医療・保健委員会では、学会の活動を通して働きかけています。家庭医が診る機会の多い疾患を取り上げることで、女性医療にもっと興味を持ってもらいたいと考えています。
―産婦人科領域の診療に抵抗感のある先生も多いのでは?
そうですね。妊婦と聞いただけでお断りしたり、薬を飲んでいる間は授乳しないようにと伝えたり、知識がないことで診療できない、あるいは判断を間違うケースがあるようです。しかし実際には断乳が必要な薬は少なく、診療も“知っていればなんとかなる”レベルがほとんどです。「婦人科診療=内診台」とイメージされる先生もいらっしゃいますが、内診台はむしろ必要ありません。
小さなお子さん連れで受診されたお母さんに、もし次の子どもを考えているようだったら、赤ちゃんの神経管欠損症の抑制のため葉酸の話をする。妊娠前に風疹の予防注射をすすめる。合併症があれば、治療によってコントロールをしてから妊娠できるようにケアするなど、女性医療の視点からのアドバイスで疾患の予防につながります。若い世代の女性のなかには、月経困難症のため仕事や学業に支障が出る方もいます。家庭医にそうした知識があれば、問診だけで薬を出すこともできますし、場合によっては産婦人科の受診を促すことも可能です。女性医療は、知識や技術を持っていることで十分ケアできる領域なのです。
◆重症例の診療を通して見えてきた予防の視点
―ところで、先生が医師を目指そうと思われたのはなぜですか?
医学部に入ったのは、生物の勉強が好きだったからです。自分の興味がある分野の勉強が仕事につながればいいな、と思ったのがきっかけです。学生の頃は、病気のことや体の仕組みについての勉強が純粋に楽しかったのですが、実習で病院に行くようになると、それまで気付かなかったことが見えてきました。それは「病気は治らない」ということ。
がんの手術をしても、それは病気が治ったのではなくがんを取り除いただけですし、神経難病や脳梗塞などは、たとえ症状を回復させることができたとしても元通りにはなりません。風邪や肺炎といった一部の感染症を除けば、ほとんどの病気は治らない――。だからこそ予防が重要だと考えるようになりました。家庭医の道を選んだのも、予防に関わることができる診療科だと思ったからです。
―当時から家庭医の育成に力を入れていた病院で研修を受けられたそうですね。
はい。当時、日本で家庭医の指導をしている病院はまだ数カ所でしたが、私が行った亀田ファミリークリニック館山は、家庭医診療科を開設して9年が経っており、すでにしっかりした育成体制ができていました。家庭医としての教育を受けるなかで感じたのは、“患者さんが何を求めているのか”を考えることの大切さ。例えば、明らかに病気の原因が分かっていても、「昨日冷えたのがいけなかったのかな」と心配をしていたり、ご家族が暖房を付けていなかったことを負い目に感じていたりするなど、病気以外のことで悩んでいる場合もあります。
患者さんやご家族にどのような不安があるのかを、まずは聞いてあげる。そして「先生がこう言っているから大丈夫だ」と安心してもらうことが、私たちの役割ではないでしょうか。医学的な知識はもちろん必要ですが、それと同じくらい大事なのが患者さんとの信頼関係だと思うようになりました。
―家庭医としてのご経験を積みながら、改めて産婦人科の研修を受けられたのはなぜでしょうか?
家庭医は高齢者の診療が多く、すでに疾患にかかっている方のケアが中心です。私がもともと目指していた予防に関わるには、若い人に向けた医療を実践しなければなりません。そのためには女性医療を学ぶ必要があると思いました。産婦人科は、専門以外の医師にとっては苦手な分野。だからこそ診療スキルを身に付けようと考え、覚悟を決めて学ぶために後期研修という形を選びました。
研修先の長崎医療センターは、総合周産期母子医療センターとして妊婦の重症例を積極的に受け入れている病院です。妊娠期には肥満、痩せ、年齢などさまざまなリスクがありますが、その結果引き起こされる疾患が集まります。重症の患者さんを多く診療したからこそ、予防的な医療や、さらにさかのぼった教育が大事だと身を持って知りました。予防的な視点から、産後の風疹ワクチンの接種を提案したところ、病院の施策として取り入れてもらえたことも1つの成果だったと思います。
現在、さんむ医療センターの総合診療科に所属する若手の先生たちには、普段の診療でどういったことに注意をしたらよいのかを伝えるなど、私自身の経験を実践的な指導で役立てています。
◆家庭医が女性医療を当たり前に診られるように
―今後の展望をお聞かせください。
今、自分にできることを地道にやっていくつもりです。まずは、当院に来る総合診療科の若手医師たちに、女性医療について指導・教育をしていくこと。私が教えた医師たちにとって、家庭医が女性医療を診ることが当たり前になるように支援をしていきたいと考えています。私が医師になったばかりの頃は、「○○したい」という自分の気持ちが中心でしたが、経験を重ねるにつれて「いかに周りの人たちに貢献できるか」に視点が変わりました。それが本当に地域で必要とされる医師だと思うからです。必要とされることによって、「ありがとう」と言われる。患者さんの役に立てることが、医師としてのやりがいにつながっています。
―これからの家庭医、総合診療医を目指す人たちへメッセージをお願いします。
家庭医の診療では、女性医療を避けて通ることもできますが、若いうちに知識や技術を身に付けておくことは決して無駄にはなりません。女性医療を勉強したいけれど、研修先の病院のプログラムでは十分に学べないというときには、ぜひ当院に見学に来てください。実践している医師を訪ねて、医療の現場を見て話をすることで、モチベーションも高まるはずです。
現在の家庭医は看取りや慢性疾患の治療には強いのですが、妊娠中や出産前後をカバーする診療は抜けてしまっています。家庭医が分娩まで診られるようになる必要はありませんが、安心安全な分娩につなげるために、性感染症の予防や合併症治療、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群の産後フォローなどに関わることが求められています。これからは予防の時代。予防的なケアができる家庭医の必要性はますます高まっていくと思います。
(インタビュー・文/安藤梢)※掲載日:2020年7月21日