医師9年目の久保田希先生は、家庭医としてマイノリティのケアに力を入れています。「全ての人が自分のあり方を肯定して生きていける社会」をつくるための活動について、詳しく伺いました。また、二児の母でもある久保田先生は、キャリアと家庭の両立で悩んだ時期もあったそうです。どのように折り合いをつけて、両立させているのでしょうか?
◆セクシュアリティだけでないマイノリティのケア
—家庭医として注力していることを教えていただけますか?
マイノリティの方々のケアに力を入れています。
マイノリティとは数の多い少ないだけではなく、社会的な立場が中心的に考えられていないことで制度から漏れていたり、経済面などさまざまな場面で不利な立場に立たされたりしている方々のことを指します。例えばLGBTQの方々は、セクシュアリティの観点で、女性は男女格差という観点でマイノリティと言えます。
マイノリティの人たちは、差別や偏見を危惧して声を上げたくても簡単には声を上げられないことが多く、なかなか表には出てきません。しかし例えばLGBTQの方々は日本の調査では人口の約2〜9%、100人に7人程度いるという結果が出ています。
日々、臨床現場に立っている医師は、どの人がどんなマイノリティの側面を持っているかは分かりませんが、必ずマイノリティの人の診療をしているはずです。そのため医療者は、不利な立場に立たされていることを理解した上で対応することが重要ですが、日本ではまだそのような考えが医療者の間にも浸透していません。
今、具体的な形として動いているのは、LGBTQ、セクシュアル・マイノリティの方々のケア。プライマリ・ケアに従事している医療者で立ち上げた「にじいろドクターズ」というグループの一員として、LGBTQの人たちのケアについて発信・アドボカシーを行っています。
—アドボカシーとは、具体的にどのようなことをしているのでしょうか?
「にじいろドクターズ」でFacebookページを作り、LGBTQの方々のケアについて発信したり、レポートや要望書の提出を通じて、家庭医や総合診療医の専門医における学習目標に「性の多様性」という用語を追加する変更を実現したりしています。
アドボカシーと言うと、署名活動やデモなどをイメージする方が多いかもしれません。しかし身近な人への小さな声かけ、大切だと思う情報のシェア、マイノリティについての必要な知識を持って診療することなども、れっきとしたアドボカシーだと思います。声を上げられずにいるマイノリティの人の代弁者・理解者として声を上げることが大切だと考えています。
—マイノリティの方々のケアに興味を持ったのはなぜですか?
恐らく興味を持ち始めたのは、中学高校時代を女子校で育ち、ジェンダーについてさまざまな観点から学ばせてもらったことが大きく影響していると思います。
さらに遡ると、小学生時代の経験も影響しているかもしれませんね。小学生になったのは、今から25年程前。当時はまだ、女の子は赤いランドセル、男の子は黒いランドセルが主流でした。しかし私は、紺色のランドセルを背負って登校していたんです。その当時から「女の子だから〇〇すべき」という枠にはまることに抵抗していました。そして周囲の大人はそれを良しとしてくれていました。
そのような環境で育ち、教育によってジェンダーに対する意識が高まり、友人との出逢いや、家庭医として多くの人と接し、さらに知識を得ていく過程で、より一層活動の重要性を感じていったのだと思います。
◆キャリア・家庭の両立—悩みを救った「ライフキャリア・レインボー」
—ところで現在は、臨床現場から離れていると伺いました。
私は2013年に広島大学医学部を卒業後、家庭医を目指して亀田総合病院の地域ジェネラリストプログラムで初期研修を過ごし、亀田ファミリークリニック館山で後期研修の4年間を過ごしました。その間、医師4年目で結婚し、6年目で第一子を出産。医師になってから出産までは千葉・館山にいましたが、その後初期研修の同期だった夫は東京に、私は生まれ故郷の広島県に戻ってクリニック勤務をしていました。そして第二子を出産したことをきっかけに、夫のいる東京に移り住むことを決めたので、クリニックを退職し、現在は診療していない状態です。
—ご自身のキャリアと家庭のことで何度か選択を迫られたと思いますが、悩みませんでしたか?
かなり悩み、葛藤しましたが、今は納得した選択肢に落ち着いています。それこそ医学部に進学した当初は、国際協力の道に進みたいと考えていた時期もあり「この道に進んだら、家庭は持たずに医師としてバリバリ働くことになるかもな」と思う一方で、家庭を築き、子どもを持つ希望もありました。また結婚してからは、自分のキャリアが途絶えることを危惧して「子どもを考えるのはいつにしたらいいのか」と悩んでいました。
しかしあるキャリア論を知って、気持ちがすごく楽になりましたね。それは「ライフキャリア・レインボー」というもの。「ライフキャリア・レインボー」では、人は生涯に、子ども・学生・余暇人・市民・労働者・配偶者・家庭人・親・その他の役割などの様々な役割を演じ、それら全てをひっくるめてキャリア(ライフキャリア)だと説かれています。
多くの人がイメージするキャリアは、ライフキャリア・レインボーの中の労働者だと思いますが、それはキャリアのごく一部。つまり妊娠出産や子育てで、医師という労働者としてのキャリアが中断されても、代わりに家庭人や親としてのキャリアは継続されていて、それらによって自分自身のキャリアは深まっていると考えられています。
この考え方を知って、医師としてのキャリアが途絶えてしまうように見えても、自分のキャリアは多面的に深まっていくんだと思えるようになりました。また、そのように深めた「キャリア」は、家庭医としても必ず活かせると思えるようになり、子どもを持つことに前向きになれました。
—その考え方は、まさに今悩んでいる最中の医師にとっても、選択の後押しをできそうですね。
あとは、ないに越したことはありませんが、悩んだり苦しんだり傷ついたり挫折したりした経験も、医師としての活動に活きてくると思っています。医師はさまざまなアイデンティティを持つ人と関わるので、悩みや挫折も含めて多様な経験をしていることは、患者さんを理解しケアしていく際に役立ちます。
岐路に立った時、選んだ選択肢の先に願った通りの結果があることも、願わなかった結果になることもあると思います。しかしどちらにしても医師としての活動には活きてくると、今悩んでいる渦中の医師には伝えたいですね。
◆全ての人が自分のあり方を肯定できる社会を
—今後、力を入れているマイノリティのケアを通して、どのようなことを実現していきたいと考えていますか?
先程も触れましたが、私は小学生の時、紺色のランドセルを背負って登校していました。小学1年生の時には、学校で毎日のように「紺色のランドセルなんてヘン」と言われていて、その度に逐一「よく見んさい。紺色なんよ、黒じゃないんよ。私が好きな色じゃけ、好きな色のランドセルを選らんどるんよ」と説明していました。そんなある日、友人が「のんちゃんの好きな色じゃけえ、ええんよ」と、バシッと言ってくれたのです。友人のこの一言が、まさに私のテーマだと思っています。
つまり、全ての人が自分のあり方を肯定しながら生きていける社会をつくっていきたい。そのためのアクションを、常に取っていきたいと思っています。
性的指向などがマジョリティと違うことで、抑圧され、悩み苦しんでいる人がいたら、その人の理解者・代弁者であり続けたいと思いますし、臨床現場で患者さんの思いを実現したり、患者さんご家族を通じて家族内の不和を調整していったり、そのようなことも含めて、「それでいいんだよ」という支援を提供していきたいです。
まだ実現できていることは少ないですが、そのような社会の実現は、人と人との対話を通じてしか成し遂げることはできないと思います。ですから、医療現場で関わる人たちだけでなく、社会でさまざまなアイデンティティを持つ人たちとの対話を続けていきたいと思っています。
(取材・文/coFFee doctors編集部) ※取材日:2020年10月31日 掲載日:2021年4月27日